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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2008年11月号 掲載        PDFファイル

 

 

アップル流の限界?

 

酒井 寿紀(さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

クリック一つで何でも

アップルのiTunesiPodについては、昨年7月号の本コラムでも取りあげた(a)。もう一度振り返ってみよう。

まず、iTunesというソフトを使って、iTunes Storeというオンライン店舗で、楽曲を簡単に購入できる。買いたい曲の題名を入力すれば一覧表が表示されるので、好きな演奏者を選べばよい。クレジットカードを登録しておけば、クリック一つで購入できる。

CDからの楽曲のコピーも簡単だ。音楽CDをパソコンのCDドライブに挿入すれば、iTunesが自動的に読み取ってライブラリに登録してくれる。

こうして登録された曲の中から、一休みしたいときに聴きたい曲などを選んで何種類かの「プレイ・リスト」を作成しておけば、そのときの気分に応じてクリック一つで再生できる。

また、パソコンにiPodを接続すれば、パソコンに登録されている曲やプレイ・リストが自動的にiPodに転送され、電車の中でもジョギング中でも聴くことができる。iPodには円形の大きいスイッチが一つあるだけだ。操作は直感的に分かりやすくなっていて、説明書は紙切れ1枚である。

こうして、店に足を運ぶことなく楽曲を購入し、保管スペースを気にすることなくパソコンに格納しておき、いつでもどこでも聴きたい曲を聴けるようになった。しかし、このiTunesiPodが構成する世界は、果たしてよいことずくめなのだろうか?

 

情報が足りない!

小生は最近、Windows XPのパソコンからWindows Vistaのパソコンに切り替えた。そのため、iTunesの楽曲ファイルをXP上からVista上にコピーする必要があった。XP上の個人用ファイルを一括してVista上にコピーするソフトを使ったところ、VistaiTunesが使えるようになり、曲の購入、再生は問題なくできた。

ところが、iPodへの曲の転送ができず、アップルのウェブ情報を調べてもXPからVistaへの転送の問題などどこにもない。途方にくれたが、iTunesの画面をよく見ると、iPodXPで使っていたユーザー名になっていることが分かり、これをVistaで使っているユーザー名に変更したら問題は解決した。

その後、Vista上の楽曲ファイルに新しい曲をだいぶ追加したので、XP上にコピーしようとした。これはファイルのバックアップのためであり、また、ノート・パソコンにも入れておいて旅行先などで聴くためだ。バックアップ用にもモバイル用にも当面XPのパソコンを使っているのである。

ところが、VistaからXPへの転送については、上記のような一括転送のソフトなどなく、また、関連ファイルの格納場所について、アップルのウェブ情報もない。アップルの公式情報は、楽曲のバックアップをCDDVDに取る方法だけだ。しかし、これを使って他のパソコンに転送するのでは手間も時間もかかり、CDなどの媒体が必要になる。家庭内でもパソコンがネットワークで接続され、ファイルを共有している時代にまったく前時代的だ。

困ってしまい、ウェブを検索すると、XPVistaでのファイルの格納場所が分かり、それに従ってファイルを転送して、やっと解決した。このような情報を掲載しているウェブサイトが多数あるので、世の中には困っている人が多いのだろう。ただ、これらは非公式な情報のため、信頼性に欠けるものも多く、この種の情報を利用するときは注意が必要である。

小生のケースだけでなく、外付けのハード・ディスクにバックアップを取るときや、今までと同じOSのパソコンに買い換えたときも同様の問題が起きる。また、この問題はアップルのパソコンでも同じだという。パソコンは壊れる可能性が常にあるので、個人用ファイルのバックアップは不可欠だ。また、自宅や職場で複数のパソコンを使うのはごく普通になっている。このような状況にきちんと対応していないアップルのiTunesiPodは、製品として欠陥があると言わざるを得ない。

 

「知らしむべからず」の限度

情報家電製品については、ユーザーが必要とする操作ができる限り、スイッチや表示は少ないほどよく、マニュアルは薄いほどよい。いや、マニュアルなどなくても操作できるのが理想だ。しかし、世の中には、機能が多いほど、マニュアルが分厚いほどユーザーが喜ぶと思っているメーカーが多いようだ。一例をあげれば、数年前に買ったNTTドコモの携帯電話には、合計約900ページに及ぶ取扱説明書が添付されていた。紙切れ1枚しか付いてないiPodや、実際にはできることの情報もろくに提供してないiTunesとはまさに両対極である。

アップルは、「知らしむべからず」との考えに立っているようである。必要な情報が網羅されている限り、これも一つの立派な製品戦略だ。しかしiTunesは、前述したように、必要不可欠な情報まで提供していない。「知らしむべからず」は製品戦略の一つだと言っても、それには限度がある。

しかし、この話には裏があるかもしれない。不正コピーの防止に熱心なレコード会社が、楽曲ファイルのコピーを少しでも難しくするよう、アップルに圧力をかけたことも考えられる。そのため、アップルは不本意ながら妥協せざるを得なかった可能性もある。そうだとすれば、不正を働く一部の人のために、大多数の善良なユーザーが不便を耐え忍ぶことになったわけで、誠に困ったことである。

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「音楽配信がオープンに!?」、OHM、2007年7月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2007/ar0707ohm.htm

  


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