home > Tosky's MONEY >

title.gif (1997 バイト)

No.302                            酒 井 寿 紀                      2003/01/28


ディジタル時代の音楽、美術は・・・

 

前号に、音声や写真や映像の記録方法はアナログからディジタルに変わり、今後この移行はさらに進むだろうと書いた。

ディジタル化されれば、ディジタル情報を「蓄える技術」、「処理する技術」、「伝える技術」が適用される。そしてこれらの技術は、半導体や磁気ディスクの技術の進歩で、今後さらに大容量化、高速化、低価格化が進む。

本号ではこの進歩が音楽や美術の世界に与える影響をいくつか取り上げてみよう。

 

音楽の世界では

音楽をインターネットで配信するサービスがすでにはじまっている。これを使えば、CDなどの媒体による販売に比べて、媒体の製作、保管、輸送にかかる費用が不要になるため、はるかにコストが安くなる。そして、世界中どこにいても、発売と同時に新譜を入手できる。

従って、今後はCDなどの媒体を使った音楽の販売は減るだろう。すでに、携帯電話の「着メロ」のダウンロードで、音楽をダウンロードして聴くことに抵抗がなくなっている。

レコードが消えてなくなってしまったように、CDもなくなる日が来るかもしれない。

前号に記したMIDIファイルの普及の影響も大きいだろう。

まず著作権の問題がある。

現在MIDIのファイルを無料でダウンロードできるサイトが世界中に数多くあるが、そのほとんどは作曲者の了解を取っていないと思われるので、著作権法違反である。日本音楽著作権協会(JASRAC)もちゃんと使用料を払えと言っている。1)

しかし、この問題はCDなどの違法コピーとは性格が違い、簡単には片付かないだろう。作曲者の権利の保護は重要だが、人に聞かせるために音楽を演奏するときは、有料、無料に関係なくすべて使用料を払えと言ったら、ストリート・ミュジシャンもすべて払わなければならなくなる。そんなことが現実的ではないのは明らかだ。そして、趣味でMIDIのファイルを作ってインターネットで公開している人は、インターネット上のストリート・ミュジシャンなのである。

そして、1カ国だけ取締りを厳しくすれば、ダウンロード用のサーバーがほかの国に移動するだけである。インターネットの世界には国境がないのだ。従って、今後著作権の運用は国際的にならざるを得なくなる。

作曲家と演奏者の関係も変わる。

MIDIを使えば、作曲家が思いつたメロディーをキーボードで弾けば、自動的に楽譜ができあがる。直したいところや、弾きそこなったところがあったら、あとで1音ごとに音の高さや長さを自由に変えられる。演奏の速さや強さも思いのままに正確に指定できるので、「ritardando(だんだん遅く)」とか「crescento(だんだん強く)」とかのあいまいな指定を使わなくても済む。

作曲家がMIDIファイルを作れば、それを直接聴くことができるので、演奏者は必ずしも要らなくなる。演奏者が演奏する場合も、作曲家が演奏の速さや強さを詳細に指定してしまうので、演奏者による曲の解釈の範囲が大幅に縮まる。しかし、感情のこもったヴァイオリンの音色などはMIDIの再生装置にはやはり無理なので、演奏者が完全に失業することはないだろう。

MIDIのファイルは、観賞用としては限界があるが、再生の速度を変えたり、指定したパートを消したりすることができるので、合奏の練習には非常に便利である。従って、今後、シンフォニーやコンチェルトなどのMIDIファイルが世界中で作られて行くだろう。そして、MIDIのファイルがあれば楽譜を印刷できるので、楽譜の販売量は今後大幅に減るだろう。

 

美術の世界では

現在世界中の美術館、博物館で、展示物のディジタル・ファイルを作る作業が進められている。いわゆるディジタル・アーカイブの構築である。

ディジタル情報にしておけば、保存が容易で、媒体の劣化による変色などの心配もない。また災害、盗難などに備えてコピーを複数取って別地に保管することも容易である。

こうしてすべての美術品がディジタル化されれば、高い天井の壁画を近くでよく見ることもできるし、貴重な古文書や巻物などに手を触れずに読むこともできる。2)

そして、修復に対する考え方が変わるのではないかと思う。

近年、古びた美術品の修復が盛んである。ヴァティカンのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画も、ミラノにあるレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の壁画もきれいになった。

しかし、修復とはあくまでも「想像上のもとの姿」への改変である。あまりにもきれいになったものを見ると、「本当にこうだったのだろうか?」と疑いたくなる。

ヴァティカン美術館にある「ラオコーン」の彫刻は、出土したときは右腕がなかったので、修復家が想像で右腕を伸ばしたものをつけ加えた。昔の美術全集にはその写真が載っていた。しかしその後右腕の断片が見つかると、それは折り曲がったものだった。現在は、ヴァティカン美術館には折り曲がった右腕をつけたものが展示されている。3)

こういうことが起きることを避けるために、今後は現物の修復は確実な範囲に抑え、ディジタル化されたものについて、ディジタル情報の加工の容易さを活かして思い切って修復したものを、必要なら何種類か作るようになるのではなかろうか。

 

1) MIDIの配信」 日本音楽著作権協会 ( http://www.jasrac.or.jp/network/contents/faqselect.html )

2) 「特集 失われゆく情報の復元・保存技術」 情報処理 200210月号、Vol. 43 No. 10

3) 酒井寿紀 「イタリアの旅」 ( http://www.toskyworld.com/kaigai/italy/roma.htm )


E-Mail : ご意見・ご感想をお寄せ下さい。

発行通知サービス : 新しく発行された際メールでご連絡します。


Copyright (C) 2003, Toshinori Sakai, All rights reserved