home > Tosky's MONEY >

title.gif (1997 バイト)

No.224                            酒 井 寿 紀                      2002/10/28


護送船団よさらば

 

竹中平蔵経済財政・金融担当相が22日に提示した金融システムの安定化策に、自民党と銀行が反対してもめている。いったい何が問題なのだろうか?

先ず第一は、税効果会計の適用基準を米国並みに厳しくするという点である。

税効果会計とは、有税で引当金などを積んだときに、余計に取られる税金の分だけ会計上の利益を増やして計上し、その引当金を取り崩すときに、前に増やした分だけ利益を減らすものである。従って、長期的にはこの制度を適用してもしなくても利益の合計は同じで、一時的に利益の計上時期がずれるだけである。

これは会計上税金を負担する時期をずらすことにより、会計上の利益を実際の企業活動の利益に近づけようとするものである。そして、これは企業活動の実態をできるだけ正確にバランスシートに反映させようという考えにもとづくものである。

これを実現する方法として、有税の引当金などで税金を余計に払ったときに、その分を繰延税金資産として資産に計上し、その引当金を取り崩すときにその資産も減額する。資産に計上するときはその分利益が増え、減額するときはその分利益が減る。

日本の銀行は98年度から税効果会計を適用してきた。大手銀行の今年の3月末の繰延税金資産は約8兆円で、中核的自己資本17兆円の半分に近いという。そしてその大きな部分が01年度までの4年間に利益として計上されてきたのだ。

税効果会計で見かけ上資産が増し、利益が増えたのは銀行だけではない。例えば東芝の023月末の繰延税金資産は株主資本の57%に達し、ソニーの01年度の当期利益は税効果会計がなければ赤字だった。こういう企業は日本中いたるところにある。

この繰延税金資産は今後5年間に見込まれる利益に対する税額を上限とすることになっている。ところが竹中案はこれを米国並みに1年にするか、または中核的自己資本の10%にするという。これを実行すると、大手銀行は繰延税金資産を約6兆円減らす必要があり、現状ではほとんどの銀行が、国際業務を遂行する上で要求される自己資本比率の8%を守れなくなるという。

だから、体質強化のために公的資金の注入を申請しなさい、というのが竹中案だ。しかし銀行は、試合の途中でルールを変えるのはけしからん、竹中案は公的資金の注入を認めざるを得なくするための方策だと怒っている。確かに、一挙に中核的自己資本を半分に縮小することを政府に強制されたりしたら、企業の経営などやっていられないだろう。

税効果会計という制度に問題があるのも事実だ。見かけの資産や利益が増えるので、経営者や株主は気をつけないと判断を誤る。繰越欠損金も、将来の税金負担が減るため税効果会計の対象になるが、欠損を繰り越せるのは5年間だけである。将来の収益などまったく闇の中なのに、将来利益がでてはじめて資産としての価値を発揮するようなものを、現預金や固定資産といっしょくたにして会社の資産として計上しようとすること自体乱暴な話だ。

しかし会計制度に完璧なものなどない。こういうことをわきまえた上で業績の判断をすることが経営者にも株主にも要求されているのだ。

従って、現在の会計制度に、多少経営判断が甘くなる要素があるからといって、緊急対策の一環として、付け焼刃的に会計制度をいじくるべきではない。変更するなら会計制度全体の見直しの中で行うべきだ。

第二に、政府が持っている優先株について、普通株に転換できる時期が来ているものについては、普通株への転換を進めるという。これを実施すると、三井トラスト・フィナンシャルグループは国の持ち株比率が50%を超え、りそなグループも40%近くになるという。1) 実質的に銀行の国有化を進めることになる。

政府系金融機関は非効率で、民間企業を圧迫しているということで、住宅金融公庫は廃止が決まり、その他のものも整理・統合が課題になっている。こういうときに国有化を進めるのはまさに時代逆行である。

現在の大銀行の課題は、合併によって増えた支店と人員を削減して収益力の向上を図ることである。国有化でこれが進展するとは思えない。

第三に、正常債権と不良債権の勘定の分離が問題になっている。竹中案は不良債権を別勘定にして切り離し、整理回収機構などに売却して、正常債権だけで銀行の再建を図るというものだ。

しかし、一時点で正常債権と不良債権を分けても意味がないことはここ数年の実績が示している。不良債権の原因の多くは地価の値下がりなので、いくら不良債権を整理しても新たな不良債権が出てくる。まさに賽の河原の石積みである。そして前に本誌に記したように、2) 地価はまだ当分の間下がり続けると思われる。

以上のように、今回の竹中案は無理が多く、うまくいきそうもない。しかし、本案に意味がないわけではない。問題があるのは銀行なので、今回の厳しい提案に銀行が跳びあがって驚き、自らの体質強化に真剣に取り組み出せば、竹中案の成果は充分あがったことになる。

そして、日本の銀行の大きい問題は護送船団体質である。これから脱却して、真に独立企業として市場原理で動くようにならなければ本質的な体質改善はできない。そのため、今回の竹中案の無理難題がきっかけになって、銀行の乳離れが進めば歴史的大改革になる。そのためには金融庁の官僚にも、とんでもない大臣が来たと銀行といっしょに嘆くのでなく、竹中さんといっしょになってどんどん銀行に無理難題をふっかけてもらう必要がある。

 

1) 日本経済新聞 1023

2) No.24 「地価は再上昇するか?」(2000/12/14) ( http://www.toskyworld.com/money/money24.htm )  


Copyright (C) 2002, Toshinori Sakai, All rights reserved