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No.222                            酒 井 寿 紀                      2002/09/30


気がふれた(?)日銀

 

918日に日銀は民間の銀行から株式を買取ると発表した。これは全世界の中央銀行で前例がないことだという。日銀は気がふれたのだろうか?

塩川財務相はじめ政府関係者は、本心はともかく、表向きは本施策に対する評価を表明している。不良債権対策が手詰まりになっているためと、日銀と政府がバラバラだという印象を与えるのを避けるため、そうせざるを得ないのだろう。

竹中平蔵経済財政担当相は、当初、「評価できないというより理解できない」と言っていたが、1) 後日前言を翻した。これはこの人が当初政治家としての発言の必要性を充分理解していなかったためで、たぶんはじめの発言が本心だろう。他の政府や日銀関係者にも本心は同じ人が多いのではないかと思う。

政府関係者が賛同するのは上のような理由でしかたないにしても、経済評論家にも本施策に賛同している人が多いのには驚く。というのは本施策にはいろいろ問題が多いからである。

日銀は、今回の施策は株価対策ではないと言う。本施策発表当日の記者会見で、日銀の三谷隆博理事は、オペレーションのように反復継続して行うことは考えてないので、株式買切りオペとは違う、と言っている。しかし、株を買うという意味では、結果的には株価維持のためのPKOと同じようなものだ。

株価が下がるたびにPKOを口走る政治家がいるが、弊害が多いために近年は行われていない。それが今回、別の形で堂々と行われようとしている。

政府や日銀が買った株が下がれば、それは結局国民の負担になる。しかし今回の銀行からの株の買取りの問題はそれだけではない。

銀行は現在持ち合い株を減らそうとしている。その持ち合いの相手は融資先でもある。一方、銀行は不良債権処理を急いでいるが、不良債権を最終的に処理するということは、融資先を生かすところと、殺すところ、つまり見限るところに二分することである。

事業の整理や他社との合併等で生き返る見込みがあるところは株価も回復するだろうから、現在株を売りたくないだろう。逆に将来を見限って、融資の継続をやめるところは今後株が下がるだろうから、できれば、できるだけ早く株を手放したいはずだ。

今回の日銀の株の買取りは市場を介さず、相対取引で行うので、日銀は将来性のない株を売りつけられることになる。そして日銀の速水総裁は、今回の施策は「金融機関の保有株式削減努力を促すための施策」だと、発表当日の記者会見で言っている。従って、日銀は銀行に協力して売りつけられた株を買うことになる。売買価格は時価だという。

その後銀行がその企業を見限れば、株券は紙くずになる。そしてその損失はすべて国民の負担になる。そうなれば、これは形を変えた公的資金の注入と同じことになる。

また日銀は、株主としての権利を行使することはまったく考えてない、と言う。しかし、株主には会社の適正な経営に対する責任があるはずだ。日銀はそれを放棄しようとしている。

今回の施策は、株を買うという一般市場の行動を、銀行の救済という市場原理からまったく外れた目的に使おうとしているところに無理がある。

今回の施策について速水総裁は、発表の前日も、「中央銀行が株を買っていいのだろうか」と反対していたという。それに対し事務方が、「こちらも血を流さない限り政府も動きません」と数時間に渡って説得し、やっと合意してもらったという。2) どうも話が逆みたいだ。今の日銀は総裁より事務方のほうがよほど政治的なようだ。

山口泰副総裁も、「これだけで、日本の金融システムが立ち直るきっかけになるのは難しい。今後政府や民間からどういう新しい動きが出てくるかということが決定的に重要だ」と言っている。3) 日銀自身、はじめから今回の施策自体の効果を疑問視している。政府の対策を引き出すためには、気がふれたと思われるような演技が必要だと思ったのだろう。

今回の施策が決め手ではないとすると、何が決め手なのだろうか? 最近は銀行への公的資金の注入が必要だという声が多い。しかし、これが不良債権問題解決の決め手になるのだろうか? 大手術が必要だが、手術をする気のない患者にいくら金を渡しても、手術をするわけがない。税金の無駄遣いになるおそれが大きい。手術をする決心をさせるほうが先である。

では、いったい何が本当に必要なのだろうか? やはり政府は民間主体での構造改革を促進する施策にもっとまじめに取り組むべきだと思う。

例えば、銀行の保有株を減らすためには、個人による株の所有を増やす必要がある。そのためには、今回の株式の譲渡益の課税方式の変更のような、個人株主が減るようなことは避けるべきだ。塩川財務相自ら、「こんな複雑な税制、普通の人がわかるとは思いませんね」と言ったという。4) 非課税枠を増やす等、むしろ個人株主を増やす政策に取り組むべきだ。

また、今年度から連結納税制度が実施されたが、本制度を採用する企業は法人税に2%の付加税が上乗せになる。これは本制度による8,000億円の税収減をカバーするために設けられたものである。このため連結納税の採用を見合わせた企業も多いようだ。

この制度はもともと企業グループ内での事業の再編をやりやすくし、企業の競争力を向上させるためのものだ。付加税など設けず、積極的に事業の再編を促進させるべきだった。アクセルを踏むと同時にちょこちょこブレーキを踏んだのでは、車はいつまでも加速しない。

以上2例とも、財務省の事務方が税収確保のため、いろいろな手を考えるのは当然である。こういう問題についてこそ、政治家は官僚に任せきりにせず、政治的決断を下す必要がある。

小泉内閣の構造改革は、郵政事業や道路公団の問題に偏重していて、日本経済全体の構造を変える問題をないがしろにしているように思える。

 

1)  日本経済新聞 919     2)  同 924日    3)  同 925     4)  同 915


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