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title.gif (1997 バイト)

No.220                            酒 井 寿 紀                      2002/09/17


RealからVirtualへ

 

1965年にIBMがシステム/360モデル67というタイム・シェアリング用のコンピュータを発表した。このコンピュータには「Virtual Storage」という機能が設けられていたが、これがコンピュータの世界でVirtualという言葉が使われた最初のケースだと思う。

StorageというのはメモリのIBM用語であり、「Virtual Storage」というのはプログラムが使う論理的なメモリ空間だった。ディスクにあるプログラムを実行するとき、実行に必要な部分が4キロバイト単位で物理的なメモリに読み込まれた。

この機能により、プログラマは物理的なメモリ容量の制約から解放された。メモリ容量の小さいコンピュータでも、時間はかかるがプログラムを実行でき、メモリ容量の大きいコンピュータを使えば、プログラムを書き換えなくても高速に実行できるようになった。

この「Virtual Storage」の機能は、1970年に発表されたシステム/370以降、全モデルに採用された。

その後しばらくして、「Virtual Machine」というものが現れた。これは1台のコンピュータを、論理的に何台ものコンピュータに見せかけるもので、いくつもの違ったオペレーティング・システム(OS)を同時に動かすことができた。これを使うことによって、例えばOSの移行時に新旧両バージョンのOS1台のコンピュータで同時に使うことができた。

また、ファイルを管理するソフトとして「VSAM (Virtual Storage Access Method)」というものが現れた。これはその前の「SAM (Sequential Access Method)」とか「ISAM (Indexed Sequential Access Method)」の後継製品で、これによってアプリケーション・プログラムはディスク上の物理的なデータの配列から開放された。

また、通信管理のソフトとして「VTAM (Virtual Telecommunications Access Method)」というものも現れた。これは「BTAM (Basic Telecommunications Access Method)」の後継製品で、これによってプログラマは通信回線の手順の詳細を知らなくても端末とのやり取りができるようになった。

通信の世界では、フレーム・リレー網やATM網に企業の複数の事業所を接続して、あたかも専用回線で接続したように見せかける技術が「PVC (Permanent Virtual CircuitATMの場合はPermanent Virtual Connection)」と呼ばれている。

また最近は「VPN (Virtual Private Network)」というものが流行している。これは企業の事業所間をインターネットで接続し、事業所の入口で一般のインターネットとの接続を禁止することによって、あたかも企業内のインターネット(イントラネット)のように見せかけるものである。ひとつの企業でなく企業グループで使う場合はエクストラネットになる。

また通信会社が、インターネットでなく、独自のIP交換網を用意して、VPNのサービスを提供し、インターネットを使ったVPNより安全だと宣伝しているものもある。

似たようなものに「VLAN (Virtual LAN)」というものもある。これは、例えば、事業所ごとのLANATM網で接続し、あたかもひとつのLANのように見せかけるものである。

最近、グリッド・コンピューティングというものがはやっていて前号で取り上げたが、これの提唱者のIan Foster等は、グリッド・コンピューティングは「Virtual Organization」を実現するのだと言っている。1) 各地に散らばっているコンピュータの資源をインターネットで接続して、あたかもひとつの計算センターのように見せかけるのがグリッド・コンピューティングだと言う。

このように、1960年代以来Virtualという言葉がITのいろいろな分野で使われてきた。これらはみんな、物理的な制約のあるRealな世界とユーザーが使う論理的なVirtualな世界を切り離そうとするものである。このVirtual化に共通する狙いは何なのだろうか?

その狙いのひとつはプログラムのポータビリティの向上である。

Virtual Memory (Storage)」を使えば、メモリ容量を気にしないでプログラムが書け、「VSAM」を使えばディスクのトラック数やシリンダ数を気にしないで済むようになった。そして、ひとつのプログラムがいろいろな構成のコンピュータで使えるようになった。そのため、技術の進歩でメモリ容量やディスク容量がどんどん増大しても、プログラムを変更しないで新しい進んだハードウェアを使えるようになった。

もうひとつの狙いは資源の利用効率の向上による費用の低減である。

Virtual化により、物理的にひとつの資源を多数のユーザーがあたかも自分専用のもののように使える。「Virtual Memory」のユーザーには、自分がメモリを独占しているように見え、「Virtual Machine」のユーザーにはコンピュータを独占しているように見える。「PVC」のユーザーには、自分が専用回線を独占しているように見え、「VPN」のユーザーにはインターネット網を独占しているように見える。「VLAN」のユーザーには事業所間をまたがるLANを独占しているように見える。また「Virtual Organization」のユーザーには、自分が超大型の計算センターを独占しているように見える。

コンピュータのごく初期にはプログラムを物理的なアドレスで書かなければならなかった。やがて相対アドレスで書けば、プログラムがメモリに読み込まれる時に自動的に物理アドレスに変換されるようになった。Virtualという言葉は使われなかったが、この相対アドレスがコンピュータの実質的なVirtual化の始まりだったと言えるだろう。

このようにITの歴史はVirtual化の歴史である。Virtual化のニーズは今後もなくならないので、Virtual化は今後も続くだろう。

 

1) The Anatomy of the Grid   http://www.globus.org/research/papers/anatomy.pdf


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