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title.gif (1997 バイト)

No.110                            酒 井 寿 紀                      2001/04/07


何故「ユビキタス」か?

 

最近、「ユビキタス」という言葉をよく耳にする。これは「ubiquitous」という英語で、「偏在する」という意味である。最近使われているのは、今後コンピュータはますます安く小さくなり、職場や家庭で、そこらじゅうにバラまかれるようになるだろうと意味である。

しかし、これは最近始まったことなのだろうか? そして、コンピュータ関係の言葉には、一時的に大流行しても、あっという間にまったく聞かれなくなってしまう言葉も多いが、「ユビキタス」は果たしてどうだろうか?

コンピュータの歴史を振り返ってみよう。

コンピュータが世の中で使われ出した1960年代には、大変高価だったため、小さい企業は自分では買えず、「XX計算センター」等という会社に給与計算等を委託していた。当時はコンピュータにデータを入力するには穿孔カードをパンチしなければならなかった。その作業を専門にするキーパンチャーを集めれば、それだけで商売が成り立った。

70年代になると、コンピュータはどんどん安く小さくなり、小さい企業にも入り出した。日本では小型のコンピュータは「オフィス・コンピュータ」、略して「オフコン」と呼ばれた。こうして、各社が自前でコンピュータを導入するようになると、コンピュータ処理の受託の仕事は激減した。

穿孔カードも使われなくなり、各社が自分でデータ入力をするようになった。「穿孔カード」は死語になり、キーパンチャーは全員失業した。

こうして、コンピュータ処理の受託業者の集中処理が各社に分散していった。

1970年頃には、大学の研究室の金ではなかなかコンピュータを買えなかった。しかし、ちょっとした計算をいちいち大型計算機のセンターに頼むのは面倒だ。そこで米国の大学で、研究室の端末を計算センターにつなぎ、大型機を時分割で使う方式が考案された。

これはTSS (Time-sharing System) と呼ばれ、一時大流行した。しかし、そのうち各研究室でも買えるような安くて小さいコンピュータ、いわゆる「ミニコン」が普及すると、このTSS方式は廃れてしまった。

これも集中処理の分散化である。

1980年頃になると、さらにコンピュータは安く小さくなり、大企業では部門ごとにコンピュータを導入するようになった。当時、「分散処理」とか「部門コンピュータ」という言葉が流行した。

部門で使われるコンピュータは、小さい企業で使われる「オフコン」と能力的には大差なかったが、大企業の一部門で使われるため、全社の基幹システムに使われる大型機との整合性が強く求められた。具体的にはソフトウェアの互換性である。80年代に入り小型機の性能が向上すると、これもかなりの程度実現されるようになった。

これは企業内の処理の分散化である。

そして、1980年代に入るとパソコンが出現し、徐々に広まっていった。それに伴い、従来情報管理部門で集中処理されていた業務がパソコンに移っていった。そして、情報管理部門は全社レベルのデータの管理がおもな仕事になっていった。

それでも80年代にはまだ従来からのコンピュータ、いわゆるメインフレームが主役で、パソコンは「インテリジェンシーを持った端末」という位置づけだった。両者を結合する技術はMML (Micro-Mainframe Link) と呼ばれ、今後の重要な技術と言われていた。

こうしてデータ処理は個人レベルにまで分散して行った。

90年代に入ると、パソコンとメインフレームの立場が逆転し、パソコンが主役で、メインフレームはそれにサービスを提供するサーバーの位置づけになった。

数年前には、企業内のパソコンが増えすぎて、費用負担も耐え難くなり、また無政府状態のようになって手に負えなくなったので、もう一度集中管理に戻そうという動きが起きた。パソコンはごく簡単なものにして、それとネットワークでつながれたサーバー側で集中処理をしようという「Network Computer」のアイデアである。

これは過度の分散化の弊害を解決しようともくろんだものだが、パソコンの値段がさらに下がってしまったので意味がなくなった。

こうしてコンピュータの歴史は、過去40年に渡って、集中から分散へ、中央集権から地方分権への歴史だった。言い換えれば「ユビキタス化」の流れだったのだ。そして「反ユビキタス化」の試みはことごとく短命に終わった。

「ユビキタス化」の流れは、コンピュータの低価格化と小型化の必然的結果だった。従って、この進歩が続く限り、「ユビキタス化」の流れは止まらない。

現在は、この流れはパソコンを越えて、テレビゲーム、PDA、カーナビ、携帯電話等にまで達している。今後は腕時計等のいわゆるウェアラブルな製品やコンピュータ付き家電製品がどんどん現われ、ネットワークに接続されるようになるだろう。

「ubiquitous」と同じような意味の英語に「prevalent」とか「pervasive」とかがあるし、「everywhere」だっていいので、「ユビキタス」という言葉の流行がいつまで続くかは分からない。しかし、その意味するところは今後まだ5年や10年は確実に続くと思われる。

最近はやっているビジネスに、Application Service Provider (ASP)とかInternet Data Center (IDC)という、サーバーを集中管理してサービスを提供する商売がある。これは昔からあるコンピュータ処理の受託業の一種で、「ユビキタス化」の流れに反するものだ。テクノロジーの進歩でサーバーがさらに安くなり、ソフトウェアの完成度が向上して管理の手間も、セキュリティー上の危険性も減少すれば、これらのビジネスに対しても「ユビキタス化」の圧力が強まるだろう。少なくとも、これらのビジネスが「ユビキタス化」の流れに逆らっていることだけはよく承知しておく必要がある。


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