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No.704                     酒井ITビジネス研究所  酒井 寿紀                      2007/09/06


携帯電話ビジネスはどうなる? (1

 

モバイルビジネス研究会

総務省は昨年12月に「モバイルビジネス研究会」を開設し、日本の携帯電話の事業が抱えている問題に、今後行政としてどう対処してゆくべきかを議論してきた。その結果が今年626日に、「モバイルビジネス研究会報告書(案)」(以下「報告書」)として発表された。

それによると、総務省は、(1)販売奨励金、(2)SIM (Subscriber Identity Module)ロック、(3)MVNO (Mobile Virtual Network Operator) の三つを大きい問題として取り上げている。それらはどういう問題で、総務省はどういう方向に導こうとしているのだろうか? そして、そこに問題はないのだろうか? 本号では、「販売奨励金」の問題を取り上げ、ほかの問題は次号にまわす。

 

販売奨励金

日本では、携帯電話の通信事業者は、携帯電話端末のメーカーから端末を仕入れ、それを販売店に卸している。そして、販売店に安い価格で売ってもらうために、通信事業者は販売店が値引きした分を販売奨励金という形で補填している。そして、通信事業者はこの販売奨励金の負担を通信料としてユーザーに転嫁している。したがって、ユーザー全体としては、端末が安い分だけ通信料が高いわけで、両者をあわせた負担は変わらない。

通信事業者がこういうことをしている理由は、端末の価格を安くして買いやすくし、ユーザー数の獲得競争に勝つためである。また、高機能の最新型の端末に早く切り替えてもらい、どんどん通信量を増やしてもらうためでもある。

しかし、ユーザーの負担は変わらないと言っても、それはあくまで全体としての話で、新機能には興味がなく、いつまでも古い端末を使い続ける人にとっては、しょっちゅう最新型に買い替える人の端末の販売奨励金を通信料金の形で過剰に負担させられることになる。このように、損する人と、得する人が生じ、受益者負担の原則から外れる。

この問題に関し、「報告書」は次のように言う。「奨励金の多寡は、基本的には通信事業者が自らの経営判断として行うべきものであり、・・・販売奨励金の廃止といった法制的措置を講じることは必ずしも妥当であるとは言えない。」しかし、不公平感を解消し、コスト負担の透明性を改善するため、「通信料金と端末価格を可能な限り分離する必要がある。」そして、分離するに当たっては、通信料金の請求書で、純粋な通信料金と端末価格を通信料金で負担する分の区別を明記するなどの措置が必要だと言う。

こうして、従来曖昧だった費用負担の内訳が白日の下にさらされれば、ユーザーの不公平感がますます増幅されるおそれがある。研究会のメンバーは、ユーザーの不満をたきつけて、通信事業者に販売奨励金制度見直しの圧力がかかることを期待しているのかも知れない。

また、「報告書」は本件について、「利用期間付契約」の導入によって、それによる拘束期間中に端末価格の回収が終わるようにし、その後は純粋な通信料金のみ負担するようにすれば、ユーザーの不公平感を緩和できるだろうとも言っている。拘束期間には何種類かのメニューを設け、ユーザーの選択肢を広げることが望ましい。その選択肢の中には、拘束期間なしで端末を買取り、純粋な通信料金のみを負担するもの、つまり販売奨励金がないものも設けるべきだ。

販売奨励金も問題だが、これはほかの業界でも一般に行われていることで、一概に悪いとは言えない。より問題なのは、日本で行われている、通信事業者による端末の買い上げ制度だ。これのため、端末の仕様も価格も通信事業者によって実質上抑えられている。最近は外部仕様だけでなく、使用するOSまで通信事業者に指定されているものもある。通信事業者がすべて決め、メーカーにものを作らせるのは、昔の電電公社時代の電話交換機や電話機の名残である。通信機メーカーにとっては、言われた通りにものを作るのが、一番楽で効率がいい商売になる。そのため、通信機メーカーは、自ら新製品を開発して新市場を開拓する意欲を失い、思考停止の状態に陥る。

携帯電話の市場立ち上げの時期には、通信事業者が先頭に立って音頭をとるのは意義があった。しかし、端末がPDA (Personal Digital Assist)や携帯音楽プレーヤーの機能を兼ね備えるようになった現在、今までのように通信事業者が端末のすべてを取り仕切るのには限界がある。海外では、アップルのiPhoneや、リサーチ・イン・モーションのBlackBerryなど、メーカーが独自に端末を開発し、自社のブランドで販売しているものが多い。日本でも、今後メーカーが主導権をとって端末を開発するようにならないと、世界市場に通用する端末を提供していくことができないだろう。販売奨励金による異常に安い端末の市場の形成は、端末メーカーのこういうビジネスを阻害している。

また、販売奨励金によって、端末の価格が異常に安く抑えられると、ユーザーにとって端末の機能・性能と価格の関係の真の姿がわからない。そのため、市場競争がゆがめられ、優勝劣敗による健全な市場の育成が妨げられる。

日本の市場では、もう携帯電話のユーザー数の大幅な増加も、一人当たりの通信量の飛躍的増大も望めない。こういう状況の下で、通信事業者が、従来のように短い間隔で新端末を発売して、販売奨励金によって買い替えを促進すれば、販売奨励金を回収できなくなっていく。政府に言われるまでもなく、販売奨励金制度を見直さないと通信事業者の商売は行き詰るだろう。


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