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No.703                     酒井ITビジネス研究所  酒井 寿紀                      2007/03/13


PDCの教 訓

 

2000年から2001年にかけて、「日本のケータイが世界を制覇する」と新聞・雑誌が書き立てた。携帯電話では日本が一番進んでいる、そして、日本には携帯電話端末に必要な液晶や小型・軽量化の実装技術も揃っている、というのがその理由だった。しかし、そうはならなかった。現在携帯電話端末の市場で、日本のメーカーのシェアは、エリクソンと共同で事業を展開しているソニーを別にして、合計しても10%に満たない。なぜ予想が狂ったのだろう。

その理由はいろいろあるだろう。しかし、第2世代で、PDC (Personal Digital Cellular)という日本独自の規格を採用したことが、日本のメーカーが海外に進出できなかった大きな原因と言われている。第2世代では、ヨーロッパを中心とするGSM (Global System for Mobile Communications)と米国を中心とするcdmaOneが世界の主流になった。なぜ日本だけPDCを採用することになったのだろうか? そして、それに至る意思決定のどこに問題があったのだろうか? 小生はPDC誕生当時のいきさつを詳しく知っているわけではないが、現在一般に言われていることに基づいて問題点を探ってみよう。 

Not Invented Here

PDCNTTの研究所で開発され、1991年に規格が制定された。そして、1993年にNTTドコモがサービスを開始した。一方、ヨーロッパでは、1982年にGSMの検討が始まり、1987年に基本的な規格が合意され、1991年にフィンランドでサービスが始まった。つまり、ほぼ同時期に、GSMがやや先行して規格制定が進められた。両者とも、デュープレックスを周波数分割で実現し、多重化は時分割によって行う。多重数などに違いはあるが極めて類似した規格である。PDCの方が周波数の利用効率が高く、満員電車の中で大勢が携帯電話を使う日本ではその必要性が高いと言われるが、全世界で日本だけ別規格を採用せざるを得ないほど環境条件に差があるのかは疑問である。

気をつけないといけないのは、研究者や開発技術者は他社や他の国と違うことをやらなければメシが食えないことだ。そうしないと、論文も書けず、学位も取れず、表彰もされない。 そのため、「Not Invented Here」、つまり、「よそで発明されたもの」を毛嫌いする傾向が強い。しかし、それが社会全体のためになるかどうかはまったく別だ。特に、ソフトウェアやネットワーク技術では、広く普及した技術がコスト上圧倒的に有利で、普及程度が低い技術は極めて不利だ。したがって、一つの技術を開発したり採用したりするときは、単に「他の技術より優れていること」ではなく、「全世界で、他の技術を駆逐するか、それと共存して広く普及する可能性があること」を判断基準にする必要がある。

郵政省がPDCの採用を指導?

PDCNTTドコモのほか、DDIセルラー、IDO、ツーカーグループ(以上、現KDDIが吸収)、デジタルホン(現ソフトバンクモバイルが吸収)で採用された。1998年にDDIセルラーがcdmaOneを採用するまで、日本の第2世代の携帯電話はPDCに統一されていた。これには旧郵政省(現総務省)の指導があったと言われている。それは、日本国内での規格統一のためもあっただろう。国産技術育成のためもあっただろう。また、海外の技術の採用を押し付けてくる外国政府の圧力を回避するためもあっただろう。第1世代のアナログ携帯電話では、米国政府にモトローラ方式の採用を無理やり押し付けられた苦い経験があったからだ。

しかし、それぞれの理由はもっともなのだが、結果として日本だけPDCを採用することになり、第2世代の携帯電話の市場で日本は世界の孤児になった。GSM200か国以上で、600以上の通信事業者に使われているが、PDCを使っているのは日本の通信事業者だけである。

NTTは一時、PDCを海外に普及させようと考えたという。しかし、当時のNTT法がNTTの海外進出を規制していたためできなかったと言われている。従来の電話の世界では、国内だけの技術の統一でよかったが、近年のITの世界では、全世界的に普及していることが重要である。郵政省もNTTも、そしてNTT法の審議に当たった政治家も、もっと早くそれに気付くべきだった。

PDCの経験を踏まえて

このPDCの苦い経験を踏まえて、第3世代の携帯電話の規格制定に当たって、日本は国際標準に合わせることを大きな目標にした。日本が提案したW-CDMA (Wideband Code Division Multiple Access)方式は、ヨーロッパの規格案に極めて近いものだった。調整の末、最終的にUMTS (Universal Mobile Telecommunications System)が標準規格として制定され、日本もこれを採用することになった。

こうして、第3世代では、日本の携帯電話端末のメーカーも、少なくとも規格については、海外の同業者に対するハンディキャップがなくなった。残る問題は、日本の通信機メーカーの通信事業者への依存体質と、国内市場への引きこもり体質である。

もう一つの問題は、UMTS規格の最終決定前にNTTドコモがサービスを開始したためもあって、いまだに日本ではこれをW-CDMAと呼んでいることだ。そのため、W-CDMAという言葉が元々の日本の規格案と現行規格の両方に使われていて混乱を招いている。また、日本国内と海外で用語の食い違いを生じている。つまらない面子へのこだわりを捨てて、違うものには違う名前を付け、海外でも通用する用語を使うべきだ。それが世界市場を踏まえて戦略を立てるための第一歩である。


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