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No.702                     酒井ITビジネス研究所  酒井 寿紀                      2007/02/10


国家プロジェクトの問題は?

 

日本のIT関係の国家プロジェクトには問題が多い。そのことは、オーム社の「OHM20069月号の「反省のない失敗は繰り返す」にも書いた。最近は、日経BP社の「日経エレクトロニクス」200711日号が「国プロ再生計画」という特集で扱っている。「国プロ」とは国家プロジェクトのことだ。ただ、各方面の人の意見を聞き、問題点を明らかにして、解決策を提案しようとしているのは大変結構なのだが、その内容には疑問点がいくつかある。おもなものを取り上げよう。

政府が無理やりくっつける必要があるか?

企業側の意見として、「単独では取り組めないテーマが増えている。だからこそ『国プロ』という場に期待している」、「もはや単独では手に負えないほど巨額の投資が必要になっている」、「技術内容が一企業だけでは対応できない」、などを紹介している。これらの意見を踏まえて、「こうした状況で国プロは、最先端の技術開発に挑戦するための推進力として大いに利用価値がある」と言う。しかし、これは本当だろうか?

確かに半導体産業などで、一企業では開発リソースも資金も足りなくなってきているのは事実だ。しかし、その対応策として、例えば、日立と三菱電機は論理LSIの事業を統合してルネサスを設立した。日立とNECDRAMをエルピーダに統合した。また、ソニー、東芝、IBMはビデオゲーム用LSIの開発、生産で協力している。必要を感じた企業は、統合、提携を民間ベースでやっている。政府が国家プロジェクトの名の下に無理やりくっつける必要があるのだろうか?

1970年代に、当時の通産省は、日本にはコンピュータ会社が多すぎると、富士通と日立、東芝とNEC、三菱電機と沖電気を無理やりくっつけようとした。しかし、形の上だけの協力関係はしばらく続いたが、結局どれも長続きはしなかった。最近も、通産省の「日の丸ファウンドリ」構想は結局日の目を見なかった。企業の統合や提携は民間企業に任せるべきだ。

最近、ソフトバンクはボーダフォンを約1.7兆円で買収した。東芝はウェスティングハウスの買収に6,000億円以上を投じた。そして、ソニーはCellの開発に5,000億円かけたと言われている。このように、企業は、本当に投資の必要性があると思えば、何千億でも投資しているし、またその価値を認めれば、喜んで資金を提供するファンドがいくらでもある。国家プロジェクトにカネを期待するのは、投資に見合うだけのリターンが望めないからだ。こういう、民間ではカネを投じられないようなプロジェクトに国家予算を使えば、税金の無駄遣いになる可能性が高い。したがって、政府は、研究開発投資を民間の判断にゆだね、税制面などでの側面からの支援にとどめるべきだ。

民間企業の非積極性が元凶か?

また、本記事は、「とりわけ企業が見直すべきは、国プロへのとり組み方である」、「企業の技術者の否定的な視点そのものが、国家プロジェクトを失敗に導く大きな要因になっている」、「受け身ではなく、主体となって国家プロジェクトに取り組めば、経営者はもとより現場の技術者一人ひとりの力で改善できる余地は十分にある」と主張している。そして国家プロジェクトの受け皿になっている組織のトップの、「『使えるいい技術があったら利用させてもらいますよ』だなんて、他人事のような発言はしないでほしい」という意見を紹介している。

しかし、過去の国家プロジェクトの「第五世代コンピュータ」、「シグマ計画」などの開発目標は通産省と政府系研究機関で決めたものだ。最近の「響プロジェクト」も、2007年度から始めようとしている「情報大航海プロジェクト」も経産省が中心になって進めてきた。目標設定に民間企業の意思が反映される余地がどれだけあるのか疑問だ。民間企業に取り組み方の改善を期待しても、問題は解決しないだろう。

確かに、ハイリスクな研究開発の推進に政府系研究機関の存在意義はある。米国でもDARPAが重要な役割を果たしているし、かつては半導体のSEMATECHも政府が関与していた。しかし、こういう企業から独立した研究機関は企業と同格であるべきで、「利用しない方が悪い」という態度でなく、独自に研究を進め、企業に「使って下さい」と売り込むべきだ。世界中のどの企業からも相手にされないようなプロジェクトなら、さっさとやめるべきだ。国家権力を使って、企業に協力させ、成果の使用を強要するからおかしくなる。

製品を開発しようとするのは妥当か?

本記事に、「情報大航海プロジェクト」を推進中の経産省のプロジェクト・リーダーの談話が載っている。このプロジェクトは、Googleなどに対抗して日本製の検索エンジンを開発しようとするものだ。それについて、「開発した技術は、国が保有するサーバーからAPIを通じて利用したり、自社サーバーに組み込んで利用したりできます」と言っている。「技術」の開発と言っても、それ自身でサービスを提供したり、それを製品に組み込んだりできる製品レベルのソフトウェアの開発を目標としているようだ。

しかし、製品としてのソフトウェアには、機能のほか、性能や信頼性など、研究開発的要素を離れた、工業製品としての完成度が求められる。そして、いったん開発したソフトウェア製品は、ユーザーが存在する限り、他社製品と競争して機能・性能を向上し、OSなど外部環境の変化に適合させ、不具合点を修復する必要がある。そのため、国家プロジェクトで製品レベルのソフトウェアを開発しようとすることには疑問を感じる。たとえ実務を外部の企業に委託したとしても、上記のような泥臭い作業の最終責任を政府が背負うことになるからだ。


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