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No.502                     酒井ITビジネス研究所  酒井 寿紀                      2005/03/13


Cell」 についての疑問

 

今年2月にサンフランシスコで開催されたISSCC (International Solid-State Circuits Conference)で、ソニーとIBMと東芝の3社が、2001年以来共同で開発を進めてきたマイクロプロセッサ「Cell」について発表した。

このCellの開発を推進してきたソニーの久多良木副社長は言っている。「僕はCellの開発を、50年のコンピュータの歴史における初めての変革だと思っている」、「無数に存在する世界中のコンピュータにCellが組み込まれれば1個のOSの下で連携動作しているように見える」1) 「本気になってやればこんなことができるということを他のメーカーに示したい。PSXはその最初の一歩。その先にCellがある。・・・次はテレビをやる。・・・その次はホーム・サーバ」2) Cellはネットワーク時代のコンピュータの概念を変える」、「『コンピュータ並みの能力を持つテレビ』などを作りたい。・・・世界中の番組など様々な大容量コンテンツを検索できるテレビはコンピュータ機能なしにはできない」3)

久多良木氏は今回のソニーの経営陣の交替で異動することになったが、それは別にして、上記のような同氏の狙いが実現する見込みはあるのだろうか?

まず、Cellの特徴について見てみよう。

Cellの最大の特徴は、ハウスキーピング用の汎用プロセッサ1個と、グラフィックスや画像の処理に適した演算用プロセッサ8個からなる、ヘテロジニアスなマルチコアだということだ。しかし、半導体の進歩によって、プロセッサは必然的にマルチコアの方向に向かっている。すでに、IBMやサン・マイクロシステムズは2プロセッサのマルチコアを製品化しており、インテルやAMDも開発中である。またサンは、Niagaraという8プロセッサのチップを2006年の出荷に向けて開発中だ。そして、今後半導体の集積度が上がれば、マルチコアのプロセッサの数はどんどん増えていく。

Cellは、演算用プロセッサの汎用性を犠牲にして単純化し、チップ上の占有面積を縮小することにより、他社に先駆けて9プロセッサのマルチコアを実現した。しかし、ヘテロジニアス化によって、たとえチップの面積が半分になったとしても、半導体の集積度が従来通り1.5年で2倍に向上するとすれば、1年半の時間が稼げるだけだ。確かに、グラフィックスや画像の処理だけでなく、スーパーコンピュータが使われる数値計算で、ヘテロジニアスなマルチコアが有効なケースは多い。しかし、ヘテロジニアスなマルチコアは、2種のプロセッサ間の融通が効かず、また、一般のアプリケーションでは効果が期待できない。そのため、これが使われる市場は限定され、一般のサーバ用のマイクロプロセッサほど量産効果が期待できない。そして、これを使うためには従来使ってきたソフトウェアを変更する必要がある。

その他のCellの特徴としては、90nmのプロセスを使っていること、4GHzの周波数であることなどあるが、例えばインテルは、90nm3.8GHzのプロセッサをすでに販売しているので、特別に進んでいるわけではない。

このような特徴を持つCellは、どういう製品に適用されるのだろうか?

Cellは並列演算に適しているため、従来からある製品としては、スーパーコンピュータ、ワークステーション、ビデオ・ゲームなどへの適用が考えられる。すでに、200411月に、IBMとソニーはCellを使ったワークステーションの試作機を発表した。Cellを使ったスーパーコンピュータやワークステーションを使うためには、アプリケーション・ソフトを変更する必要があるが、価格/性能比が一般のマイクロプロセッサを使った製品より優れていれば普及する可能性がある。そしてCellは、ソニーが次期ビデオ・ゲームのPS3に使うために開発したものである。

次に、今後の成長が期待されるホーム・サーバや高機能テレビについてはどうだろうか? これらのAV製品を機能面から分けると、(1)地上波や衛星放送の電波、CATV、インターネットなどからAVコンテンツを取り込む機能、(2)そのコンテンツを蓄えておく機能、(3)そのコンテンツを家庭内のネットワークに送出する機能、(4)そのコンテンツから映像・音声を再生する機能になる。(1)(3)を提供するのが通信サーバであり、(2)を提供するのがファイル・サーバだ。これらの機能は、ホーム・サーバによってまとめて提供されるのが一般的になるだろう。マイクロソフトの “Media Center”はこれに近い。そして、(4)を提供するのが、居間や寝室などに置かれる、テレビ、ステレオ、携帯音楽プレーヤ、カーステレオなどだ。したがって、将来の多くのテレビは、チューナを持たず、1チャネルの映像・音声を再生するだけのものになるだろう。

家庭のAVシステムがこのようになったとき、Cellはどこで使われるだろうか? それは、MPEG-2MPEG-4などの復号がどこで行われるかによる。例えばそれがテレビで行われれば、テレビに小さいCellが使われる可能性があり、ホーム・サーバにはCellは不要になる。つまり、情報家電の新時代が来ても、どのAV製品にもCellが搭載されるということにはならない。

そして、小さいプロセッサは、今後、半導体製品としてではなく、システムLSIに組み込まれるコアとして販売されるようになる。ソニーはCellを中心にした製造設備だけで2,000億円を投資したというが、はたしてその回収はできるのだろうか?

 

1)21世紀の顔」 日経エレクトロニクス、200149

2) 「なぜPSX79800円にできるのか」 日経エレクトロニクス、20031222

3) 「新型MPUで家電はどう変わる?」 日本経済新聞、2005220


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