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No.405                            酒 井 寿 紀                      2004/05/26


これでいいのか? 日本のICタグメーカー

EPCグローバルのIPポリシーへの対応

 

「日経コンピュータ」の記事によると、日本のICタグメーカーはEPCグローバルのIP (Intellectual Property: 知的財産)の扱いに困惑しているという。1)

EPCグローバルは、現在商品についている全世界のバーコードの管理元であるEANUCCによって設立された団体で、現在、商品に付けるICタグの標準仕様を策定中である。ウォルマートなどの大手小売業がこの仕様のICタグを来年1月から順次採用するので、多くのICタグや関連製品のベンダーが製品の提供を始めている。

EPCグローバルから製品の認定を受けるためには、知的財産の扱いを定めた「IPポリシー」にサインする必要があり、現在すでに130社以上の企業がサインしている。しかし、上記の記事によると日本のICタグメーカーは、各社にとって不利に働く可能性があるため、加入したくてもできないのだという。いったい何が問題なのだろうか? 問題があるなら、欧米のメーカーはなぜサインしたのだろうか? 

EPCグローバルは、標準仕様を満足する製品を極力安価にし、全世界に普及させるため、標準仕様を、ライセンス料を必要としない技術だけを使って制定しようとしている。そのため、EPCグローバルへの参加企業以外のIPの使用を避けるとともに、参加企業には、標準仕様に必要なIPを原則として無償で提供するように求めている。

ここに「原則として」と言うのは、つぎの二つの例外を認めているからである。一つは、参加企業がどうしても無償で提供したくないIPは、事前に申し出れば標準仕様で使わないようにするという。ここで「事前に」というのは、最悪、最終仕様案公開後30日以内ということになっている。そして、もう一つは、妥当な対価で、相手を差別することなく提供できるIPなら、たとえ有償であっても標準仕様に採用することがあり得るという。しかし、これらはいずれも例外で、標準仕様に必要なIPは極力無償で提供してほしいというのがEPCグローバルの基本的スタンスである。

ICタグに限らず、標準仕様は無償で使えることが望ましい。現在のEPCグローバルの標準仕様制定で中心的役割を果たしているエイリアン・テクノロジやマトリクスの経営者は、この趣旨に賛同してIPポリシーにサインした。ハードウェアのベンダーとしてはこのほかに、IBMNCR、フィリップス、テキサス・インストルメンツなどもサイン済みである。

IPポリシーにサインしても、ICタグの製造方法やシステムの実現方法など、標準仕様に関係しない技術は対象外である。そして、現在すでに制定作業が進んでいる当面の標準仕様に、日本のメーカーの独自技術が使われる可能性は極めて少ない。また、どうしても無償では提供したくない技術に対しては、上記のような例外の道も残されている。

「日経コンピュータ」の記事によれば、日本のメーカーは、IPの調査期間が最終仕様案の発表から30日では短すぎると言っているという。しかし、これは上述のように、例外規定の限界を示す期間であり、使われては困るIPがあれば事前に通知しておけばいい。EPCグローバルに参加すれば標準仕様制定の動きがつかめるので、標準仕様に採用される可能性があるIPの範囲は事前に分るはずである。

また、日本のメーカーは「調査範囲がほとんどの関連会社に及ぶ」点を問題視しているという。2確かに、欧米の企業と日本の企業では関連会社の位置づけが違うのは事実だが、国際社会の企業間の契約では、関連会社を含めた企業グループが一つの企業として扱われるのが常識である。

日本のメーカー約10社がこの2月、EPCグローバルに調査期間30日の延長を申し入れたという。1また、3月のフロリダ州オーランドでのEPCグローバルの会合に出席して、席上IPポリシーの見直しを求めたということだ。2) しかし、いずれも期待した回答は得られなかったようだ。調査期間は何日間が妥当かはさておき、日本のメーカーのIPポリシーに対する対応はこれでいいのだろうか?

確かに、企業にとって、核になる技術を、プロプライエタリな技術として囲い込み、仲間内だけでカネを稼ぐ道を選ぶか、あるいは、無償で一般に公開して、全世界の標準にする道を選ぶかは、大きな選択である。しかし、全世界で使われる機器間の接続に関するような技術は無償で公開して、標準規格にする道を選ぶのが正道である。例えば、ゼロックスはイーサネットの特許を無償で公開する道を選び、全世界の標準にすることに成功した。この特許を何社かだけで独占的に使う道も当然あったわけだが、そうしていたらイーサネットは現在のようには普及せず、収益上の貢献にも限界があっただろう。カネを稼ぐ方法はもっと別のところで見つける必要がある。

ICタグの世界でここ数年間に爆発的に市場が広がるのはEPCグローバルの規格のタグである。従って、日本のICタグメーカーもこの市場に参入しないと、量産効果の恩恵に浴することができず、価格競争力を失ってしまう。日本のメーカーも、EPCグローバルに要求を突きつけたりしているので、この市場に関心がないわけではなさそうだ。しかし、大局を見極めて早く手を打たないと手遅れになってしまうおそれが大きい。

 

1) 「ICタグ標準化団体への加入に難題」 日経コンピュータ 2004322日号、日経BP

2) 「米国ICタグ報告−日本のベンダー、ICタグの標準化で国際的孤立の瀬戸際に」IT Pro、日経コンピュータ(2004/03/22)、日経BP社 

( http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NC/NEWS/20040322/141734/ )


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