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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2014年3月号 掲載        PDFファイル

 

「リアル書店」で電子書籍を販売!

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

書店で電子書籍販売との記事

前号の本コラム「黒船頼みの電子書籍?」で、最近の外資系電子書籍の隆盛の対する日本の出版業界の対抗策を取り上げ、「電子書籍のオンライン配信には街の書店は要らない」、「(書店を)いたずらに支援すれば、問題を先送りするだけだ」と記した。

ところが、この原稿がほぼ書きあがっていた20131222日の朝日新聞の「対アマゾン 電子書籍で連携」という記事で、小生の考えとはまったく相いれない活動が進行中だと知った。

同記事によると、書店や取次業者など13社がコンソーシアムを設立して、今春「リアル書店」で電子書籍を販売する実証実験を始めるという。書店の店頭で電子書籍の「作品カード」を購入し、そこに書いてある番号をもとに電子書籍をダウンロードする仕組みだそうだ。書店に配慮し、自著の電子化を許していない人気作家も多いので、これらの作家の電子書籍を書店で先行販売して品揃えを充実させるという。

電子書籍の大きなメリットは、インターネットさえ使えれば、どこでも即座に書籍を購入して読めることだ。そのための仕掛けが揃っている電子書籍を買うために、わざわざ書店まで出かけることを要求するのは、利用者に時間と費用の無駄を強要するだけだ。

いったいどういう経緯でこのような話が進んでいるのか調べてみた。

 

記事の背景に経済産業省

一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)という組織は、書店、取次業者、出版社などの団体によって20024月に設立され、出版業界の標準の制定、情報システム基盤の整備などを目的にしている。ここに経済産業省が、2010年度に「書籍等デジタル化推進事業」の中の「電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化事業」を委託した。

JPOはその受け皿として、フューチャー・ブックストア・フォーラムという委員会を設立し、その第1回会合は20114月に開催された。この委員会は、当初市場調査とその分析に力を入れ、その結果が333ページの調査報告書として20122月に発表された(a)

その調査結果を踏まえて、20127月に2012年度の計画が制定され、ワーキンググループ(WG)1つとして「リアル書店の新業態研究WG」が設けられた。その下に、さらに「電子書籍(端末)販売検討サブWG」が追加され、201212月から20133月にかけて4回の会議が開かれた。そこで書店での電子書籍販売が書店活性化に有効だと判断され、その検証のために実証試験を実施することになった(b)

その結果、JPO20131220日にコンソーシアムの設立を発表し、1222日の本記事になったのである(d)

 

どこに問題があった?

この計画の進め方のどこに問題があったのだろうか?

経産省の事業全体の目的は「電子書籍市場の健全な発展及び国際競争力の維持・強化に向けた環境整備」となっていて、これは結構なことだ。それなら、既存の書店の活性化の問題はひとまず横に置いておいて、本来どういう電子書籍の流通機構が消費者にとって望ましいかをまず検討し、その上で現在の書店が持っているノウハウなどをいかに生かせるかを考えるべきだった。

ところが、本事業の委託先を公募したときの課題の1つが「書店を通じた電子出版と紙の出版物のシナジー効果の発揮」で、それに対するJPOの応募が採用された。

前号にも記したように、電子書籍の流通に本来書店は要らないので、最初から「書店を通じた」施策を要求した経産省の進め方には問題がある。

もう1つの問題は、調査結果の利用法だ。「もし書店で実際の本を見た上で、電子書籍を購入できるとしたら、あなたはどのように感じますか」という質問に対し、「是非利用したいと思う」と回答した人は5.6%にとどまり、「わざわざ書店に行ってまで電子書籍をダウンロードしようと思わない」人が34.1%で、約6倍も多い。しかし、電子書籍の利用経験者だけを取るとこの比率が約3倍に下がるため、今後は書店での電子書籍購入のニーズが高まると見て、書店での電子書籍販売は書店活性化に有効だと判断している。

電子書籍の既利用者と未利用者のこの違いが何に起因するのか不明だが、これだけで書店での販売の有効性を判断するのは危険なように思う。

また、この調査の実施は201110月で、大手のアマゾン、アップル、楽天ともまだ日本では電子書籍を販売していない時期である。現時点で調査すれば違う結果が出る可能性もある。

 

罵詈雑言にも聞く耳を!

本記事が掲載された当日、本件を非難する投稿がネット上に溢れかえった。電子書籍を買うためにわざわざ書店まで行かねばならない面倒くささ、人気作品を餌にして釣ろうとする魂胆、業界のことしか考えず利用者を無視した姿勢、等に対して非難轟々である。

読むに耐えない罵詈雑言もあるが、内容的にはまともなものも多いので、関係者は虚心坦懐に耳を傾ける必要がある。

報道機関にも、こういう政府が絡んだ事業計画については、単に発表内容をそのまま報道するだけでなく、社としての見解も記載してもらいたいものだ。防衛、外交、教育などの政策については各社の考えをかなり鮮明にしているのに、産業政策については、ほとんどの場合政策当局の代弁者にしかなっていないことを非常に残念に思う。

   

[関連記事]

(a)  「平成22年度 書籍等デジタル化推進事業 電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化事業 [調査報告書]」、2012年2月29日、一般社団法人 日本出版インフラセンター

(b) 「平成24年度 書籍等デジタル化推進事業 ネット書店に負けないリアル書店の活性化事業 [調査報告書]」、2013年6月11日、一般社団法人 日本出版インフラセンター

(c) 「フューチャー・ブックストア・フォーラム 第3期 事業概要」、2013年7月2日一般社団法人 日本出版インフラセンター、一般財団法人 出版文化産業振興財団

(d) 「「書店における電子書籍販売推進コンソーシアム」設立について」、2013年12月20日一般社団法人 日本出版インフラセンター

 


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