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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2013年6月号 掲載 PDFファイル
		  
		  
		  酒井 寿紀(Sakai 
		  Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
		  
		  「Cell」は歴史に変革をもたらす?
		  
		  「Cell」とは、2001年から2005年にかけてソニー、東芝、IBMの3社が共同開発した高性能のCPUチップである。1つのLSIに、1個の汎用CPUコアと、8個の演算用コアを搭載した、ヘテロジニアスな(異種要素からなる)マルチコアのCPUであることが特長だ。汎用CPUコアにはIBMのPowerが使われた。
		  
		  2005年5月号の本コラム「「Cell」はどうなる?」に記したように、ソニーのCell開発推進者は、これを各種のAV機器に使っていく予定で、世界中のコンピュータにCellが組み込まれれば、コンピュータの歴史に変革をもたらすと言っていた。小生は本計画に疑問を呈し、前記コラムに「Cellに過剰な期待をすると裏切られるおそれが大きいと思われる」と記した(1)。
		  
		  それから8年経った現在、Cellの適用製品はどうなっただろうか? 主な製品について見てみよう。
		  
		  ソニーのPlayStationは?
		  
		  ソニーはCellを、2006年11月に発売されたPlayStation 
		  3に使用した。そして、2013年2月に次世代のPlayStation 
		  4の概要が発表された。そのCPUにはAMDのX86系が使われ、グラフィック処理のGPUにはAMDのRadeonが使われるという。これらが1つのLSIに搭載されるヘテロジニアスなマルチコアである点はCellと同じだが、アーキテクチャが異なるためPS 
		  4はPS 
		  3と互換性がなく、PS 
		  3のゲームソフトは使えない(a)。ユーザーに不便を強い、ゲームソフトの開発者に大きな負担となるが、ソニーはハードウェアの開発費の削減のために互換性を犠牲にする決断をしたのだと思われる。
		  
		  本LSIは世界最大のファウンドリ(半導体の受託製造会社)である台湾のTSMCで製造されると言われている。設備投資をすることなく世界トップクラスの製造ラインで生産できることも今回の方針決定に大きく影響したのではないかと思われる。
		  
		  
		  IBMのスーパーコンピュータは?
		  
		  IBMはCellを強化したLSIを開発し、Roadrunnerというスーパーコンピュータに使用した。これは史上初めて1ペタFlops 
		  (毎秒1,000兆回の浮動小数点演算の実行)を実現し、2008年6月から2009年6月までTOP500というスーパーコンピュータのランキングでトップの座を占めた。
		  
		  前記コラムに、「スーパーコンピュータには、それがCellになるかどうかは別にして、将来ヘテロジニアスなマルチコアが有力な選択肢になると思われる」と記したが、Roadrunnerはこれを実現した(2)。
		  
		  その後、ヘテロジニアスな構成のスーパーコンピュータが増えたが、その実現方法はほとんど汎用のCPUとGPUを組み合わせるもので、現在スーパーコンピュータの上位30システム中6システムがそうした構成である。
		  
		  IBMは2009年にCellのエンハンス計画を中止した。Roadrunnerは米国のロスアラモス国立研究所で使われてきたが、同研究所は2013年3月、陳腐化のためこれを解体すると発表した(b)。
		  
		  
		  東芝のテレビは?
		  
		  東芝はCellを使ったCELL 
		  REGZAというテレビを2009年12月に発売した。これは地上デジタル放送8チャネルを同時に録画でき、後で見たい番組を視聴できるものだった。当初の実売価格は100万円程度したという(c)。
		  
		  しかし、Cellを使った製品は2010年のモデルまでで、2011年にはCellを使わずに類似のことができる製品に切り替えた(d)。Cellを使った製品は、価格に見合う価値が認められなかったのだと思われる。
		   
		  
		  Cellの教訓
		  
		  まず第1に、「CPUには汎用品を使う方が得策になった」ということだ。ゲームなど1つの目的に特化したCPUは、一見効率よく高性能が実現できるように思える。しかし、汎用品のCPUは、無駄な機能が付いていても生産量が多いため安く、また、半導体の最新技術を次々と取り込んで進化を続ける。それに対し特殊なCPUは、量産効果が上がらず、開発費の負担が困難なため最新技術の反映が遅れるので、長期的には汎用品に勝てない。
		  
		  性能の限界を追求するスーパーコンピュータでさえ、現在は世界の上位500システム中の88%にX86系のCPUが使われている。
		  
		  第2に、「大規模な製造ラインで生産できることが重要になった」ということだ。ソニーはCellを中心としたLSIの製造ラインの構築に約2,000億円投資したという。しかし、PS 
		  4のCPUを生産すると言われているTSMCは、2013年に90億ドルの設備投資を予定しているそうだ。最先端のLSIの生産を続けるためには、毎年1兆円規模の投資を続ける必要がある時代になった。こういう投資が可能で、それに見合う生産量を確保できるのは、全世界で4社か5社になりつつあると言われている。
		  
		  今後は、これらの限られた製造ラインのどこを使うかが重要な問題で、製品の開発方針はそれを考慮して決める必要がある。
		  
		  
		  (1) 
		  
		  「「Cell」はどうなる?」, 
		  OHM, 2005年5月号,
		  
		  
		  オーム社
		  
		  (2) 
		  
		  「「Cell」が世界最高速を実現!」, 
		  OHM, 2008年9月号,
		  
		  
		  オーム社  
		  
		  (http://www.toskyworld.com/archive/2008/ar0809ohm.htm)
		  
		  [
		  (a)
(http://www.pcworld.idg.com.au/article/454508/amd_opens_up_about_playstation_4_custom_processor/)
(b) "World’s top supercomputer from ‘09 is now obsolete, will be dismantled", Apr 1 2013, ars technica
(c) 「東芝、“CELL REGZA”を12月上旬発売」、2009年 10月 5日、AV Watch (http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20091005_319650.html)
(d) 「充実度はCELL REGZA以上! 東芝「タイムシフトマシン」はテレビ視聴スタイルを変えるか?」、2011年04月26日、NIKKEI TRENDY
(http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20110425/1035327/)
		  
		  
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