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(株)エム・システム技研 「エムエスツデー2012年7月号 掲載        PDFファイル (エム・システム技研のサイトへ)

      

海外よもやま話 

  

10回 「クラウド」、世界を覆う

 

酒井ITビジネス研究所  代表 酒 井 寿 紀

  

実は50年前から

近年、ITの世界で「クラウド」(cloud:雲)が大流行しています。自分で大型のコンピュータを持っていなくても、インターネットを介してサーバといわれるコンピュータを使うことができるものです。雲の向こうの見えないところにあるコンピュータを使うので、クラウドと呼ばれています。

このクラウドはどのようにして出現したのでしょうか?

実は、ユーティリティ・コンピューティングという、似たようなアイデアが1960年代に米国で唱えられました。当時のコンピュータは非常に大きく高価で、大企業や政府機関などしか持つことができませんでしたが、将来はこれがガスや水道などの公共ユーティリティ・サービスと同じように、コックをひねれば自由に使えるようになるだろうという話でした。しかし当時は、通信回線などこれを実現する技術がまだ不十分だったため、このアイデアは実現しませんでした。

また、1960年代にはタイム・シェアリング・システム(TSS)という、大勢の人が大型コンピュータを同時に使うシステムが流行しました。コンピュータの時間を細切れにして、これを通信回線で接続された多数のユーザーに平等に割り当て、ユーザーから見れば、あたかも自分がコンピュータを専有しているように見えるものです。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)のシステムなどが有名でした。

そして、1970年代には、電電公社がDEMOS(デモス)という科学技術計算サービスやDRESS(ドレス)という販売在庫管理サービスを通信回線経由で提供するようになりました。

その後、コンピュータの低価格化、高性能化がどんどん進み、従来大型機でないと処理できなかった業務が小型機でもできるようになりました。1980年代には、大型機から小型機への「ダウンサイジング」、大型機による集中処理から小型機による「分散処理」への移行が流行しました。そのため、前記のような通信回線経由で大型コンピュータを共同で使うシステムは下火になりました。

 

「クラウド」登場

21世紀に入って、通信技術の劇的な進歩によって高速回線が非常に安く使えるようになり、インターネットが普及すると、「クラウド」と呼ばれる通信回線経由でのデータ処理サービスが新しく登場しました。これには、従来の同種のものと違う点がいくつかあります。

その一つは、サービス提供業者がハードウェアのみ提供し、オペレーティング・システムやアプリケーション・プログラムはユーザーが用意するIaaS (Infrastructure as a Service)と呼ばれるものが現れたことです。サービス提供業者は、用意したハードウェアを「仮想化」のソフトウェアによってユーザーが要求する能力のハードウェアに見せかけて、多数のユーザーに提供するのです。高速回線の低価格化と仮想化技術の進歩が、こういうサービスを可能にしました。

IaaSを利用すれば、自社で資産を持つ必要がないため、軽量経営が実現できます。また、費用が従量制で、使った分だけ負担すればいいので、余裕を見込んで過剰な設備を抱える必要もなくなります。

クラウドには、IaaSのほかに、ソフトウェアも含めてサービスを提供し、ユーザーは何も用意しなくてもすぐ使えるSaaS (サース:Software as a Service)と呼ばれるものもあります。そして、個人向けのSaaSが広く普及したのが最近のクラウドのもう一つの特長です。たとえばグーグルは、電子メールの処理、スケジュールやアドレス帳の管理、文書の作成や保管などのサービスを無料で提供しています。これらのサービスを利用すれば、ユーザーはブラウザのソフトを使うだけで何でもでき、データの保管スペースも要りません。高速回線が定額で使い放題になったことと、広告料収入によるビジネスの構築が、こういう個人向けの無料サービスを実現しました。

最近のSaaSの普及を支えているものに、「シングルインスタンス・マルチテナント」というソフトウェア技術もあります。従来、在庫管理や販売管理などのサービスをオンラインで提供するときは、ユーザーごとにアプリケーション・プログラムを用意するのが普通でした。しかし、最近のSaaS用のアプリケーション・プログラムは、プログラム自体とユーザーごとのデータを分けて、プログラム自体は全ユーザーが共通に使うようになっています。

 

データの消失、プライバシの漏洩にご用心

では、クラウドの問題点は何でしょうか?

クラウドでは、従来手元にあったデータがクラウド事業者のサーバに保管されることになります。クラウドの事業者は、データの消失や漏洩の防止に努め、バックアップ・ファイルの取得、データの別地保管、セキュリティ対策などに力を入れていますが、完璧な対策というものは存在しません。

たとえば、20112月にはグーグルのメール・サービスが一時使えなくなりました。幸いにして最終的には回復できたようですが、約4万人の人が3日間以上影響を受けたといいます。そして、サーバのデータが漏洩したという報道は後を絶ちません。セキュリティ会社と犯罪者のいたちごっこは永遠に続くでしょう。

もう一つの問題は、個人向けの無料のサービスが広告料収入で成り立っていることに起因するものです。無料サービスの提供業者は、ウェブの検索履歴、映像の閲覧履歴、受信メールの内容、利用者の現在位置などの情報をできるだけ集め、利用者の生活や嗜好に的を絞った広告を掲載して、広告の効果をあげ、広告料収入を増やそうとしています。

個人情報は法律で保護されており、プライバシの保護団体の活動も盛んなので、クラウド事業者は個人情報の活用方法に制約を設けています。しかし、その実体の確認は困難なのが現実です。

以上記したように、クラウドは、半世紀の歴史がある通信回線経由でのデータ処理の現時点での姿です。一方、半導体の進歩でコンピュータはICカードの中などにも入るようになり、利用者の手元でのデータ処理も進んでいます。また、クラウドには上記のような問題もあり、クラウドにすればすべてが解決するわけではありません。

したがって、クラウドの利用とユーザー側でのデータ処理は、今後も並存することになるでしょう。

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「「クラウド」と聞いたら眉に唾を!」、OHM、2010年5月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2010/ar1005ohm.htm)

(b) 酒井 寿紀、「米国政府のクラウドへの取り組み」、OHM、2011年1月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1101ohm.htm)

(c) 酒井 寿紀、「「クラウド」は2010年代の呪文?」、OHM、2011年2月号、オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2011/ar1102ohm.htm)

   


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