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(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2010年10月号 掲載        PDFファイル

 

国策SaaSの七不思議

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

SaaSで中小企業を活性化

経済産業省は2008年度以来、「中小企業向けSaaS活用基盤整備事業」を推進してきた。その事業計画によると、日本では従業員数20名以下の企業のIT化が遅れているので、経産省がSaaS (Software as a Service)の基盤を構築し、ソフト・ベンダーの協力を得てSaaSのサービスを提供するという。(1) 経産省は、2年間で50万社の利用者を獲得する目標を掲げ、本事業には40億円が投じられたという。

経産省は、20093月末から「J-SaaS」という名称でこのサービスを提供していたが、この6月から富士通がその運営を引き継いだ。現在、J-SaaSを販売するウェブサイトは富士通が運営している。(2) それによると、31のソフト・ベンダーによる48種のサービスが提供されている。今回、その内容を調べてみて大変驚いた。

 

これがSaaS

まず第1に違和感を覚えるのは、ソフト・ベンダー自身はほとんど販売していないことだ。SaaSはソフトをパッケージで販売する代わりに、サーバーに置いておいてサービスとして提供するものだ。したがって、提供形態は違うが、その製品企画、営業活動、顧客支援はソフト・ベンダー自身が行うのが一般的である。ところが、ソフト・ベンダーのウェブサイトには、J-SaaSについてまったく触れてないものや、製品の名前だけ記載して、詳細はJ-SaaSのサイトを参照というものが多い。

これでは、ベンダーがどれだけ力を入れているのか、不安になるユーザーが多いのではなかろうか? 個人が使うソフトとは違い、会計ソフトなどのユーザーはベンダー側と直接会話を交わしたいのが普通だ。経産省は全国にサポート要員を配置したようだが、ベンダー自身の後ろ盾がないサポート体制がどれだけ機能するだろうか?

J-SaaSの販売活動の中心はその基盤の提供元だが、基盤の提供元はSaaSのユーザーには直接関係なく、SaaSの販売の前面には出ないのが普通だ。

2の不可解な点は、パッケージソフトのダウンロード販売をSaaSと称しているものがあることだ。現在、J-SaaSの中心となる、財務会計・経理・給与計算については、14種中10種のサービスがダウンロード販売だ。ダウンロード販売がSaaSの技術的特長を備えず、SaaSのメリットを発揮できないのは当然である。

3に、より不可解なのは、J-SaaSからのダウンロード販売の価格が、ベンダーのパッケージ販売の価格より高いものがあることだ。例えば、弥生の「弥生会計 10 スタンダード for J-SaaS」はJ-SaaS42,000円/年で販売しているが、同社のサイトで製品だけ購入すれば、34,860円で入手でき、税制が大幅に変更にならない限り何年でも使える。サポート・サービスに差があるのだろうが、製品だけで十分だというユーザーも多いはずだ。

そして、第4に、従来のクライアント・サーバー型のソフトもSaaSと称している。ウェブを使うことはSaaSの重要な要件で、これを使わないクライアント・サーバー型のソフトはSaaSの特長を十分に生かせない。

また、第5に、シンクライアントをSaaSと称しているものもある。クライアント側で使っていたソフトをそのままサーバー側で実行するシンクライアントもSaaSの特長を十分には生かせない。

経産省は事業計画の中で、「純粋なSaaS以外も含め、多様なアプローチを検討する」と言っている。(1) したがって、SaaSの定義を上記のように拡大することは当初からの考えだったようだ。しかし、上記のようなものまで政府がSaaSと称したら、用語の混乱を招き、海外から笑い者にされかねない。

 

SaaSの基礎技術の育成が重要!

6に疑問に思うのは、経産省はSaaSの基礎技術の育成に無関心だとしか思えないことだ。SaaS用のソフトの技術の中核をなす「シングル・インスタンス、マルチ・テナント」(サーバーにソフトを一つインストールして、同時に多数のユーザーに対応する技術)などの要件を備えないとSaaSとしての特長を十分に発揮できない。名前だけのSaaSを政府の金銭的支援で多少安くしても、一時的なメリットだけで技術的には何も残らない。日本のSaaSのレベルの真の向上のためには、本格的なSaaSのソフトの開発を支援する方がより重要である。中小企業にとっても、その方が長期的に恩恵を享受できる。

そして、第7の疑問は、なぜメディアや政治家がこの問題をあまり取り上げてこなかったのかということだ。SaaSの特長を真に生かした製品がろくになく、売るべき人が売っていなければ、売れるわけがない。こういうプロジェクトに国費が投入されるのを監視し、問題として取り上げるのはメディアや与野党の政治家の役目のはずだ。

現在J-SaaSで販売されている48種のソフトの中には、真にSaaS用のソフトと言えるよい製品もあるのかもしれない。それならJ-SaaSなどに頼らず、ベンダー自身がどんどん自分で売るべきだ。SaaSの基盤を提供してくれる事業者は他にいくらでもいる。そして、それが投じられた国費を無駄にしない道でもある。

 

(1) 「中小企業向けSaaS活用基盤整備事業について」、200812月、経済産業省

        (http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/joho/johoseisaku/081210saasgaiyo.pdf

         (注)本資料は現在閲覧不可能。 (www.ssk21.co.jp/contents/saas/081210outline.pdf)で閲覧可能。(2014/06/09)

(2)  http://www.j-saas.jp/  (注)本サイトは現在存在しない。(2014/06/09)

  


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