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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」 2010年9月号 掲載 PDFファイル
電子書籍は新聞・雑誌にはなじまない?
酒井 寿紀(Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所
iPadは有料化のきっかけになるか?
先月の本コラムでiPadの電子書籍用端末としての問題点を取り上げた。引き続いて今月は、iPadの大型画面を新聞や雑誌の電子書籍としての配信に活用しようという動きについて取り上げたい。
現在、新聞では米国のニューヨーク・タイムズ、USAツデー、イギリスのザ・タイムズなどがiPadでの配信を始めている(a),(b)。また、雑誌では米国のタイムが配信している。この他にもiPadの活用を検討している新聞・雑誌が多数あるようだ。
このように多くの新聞社、雑誌社がiPadの活用を図ろうとしている理由の一つは、現在のウェブによる情報提供の「タダが当たり前」の世界から何とかして抜け出したいためだと思われる。印刷物による収入が減少しつつある中、収入が広告料だけのウェブ版ではその減少を補えないからだ。と言って、従来のウェブでの情報提供を今から有料化するのは困難だ。そこで、iPadの人気にすがって、電子書籍という目新しい形で提供することで、有料化のきっかけをつかもうと考えているのだと思われる。しかし、これはうまくいくだろうか?
幕の内弁当で我慢するか?
新聞も雑誌も、「決まった大きさの器に、できるだけ多数の人が読みたいと思われるものを、極力隙間なく詰め込んだもの」である。この「読みたい」を「食べたい」に置き換えれば「幕の内弁当」だ。
したがって、新聞・雑誌には、幕の内弁当同様、読みたくないものも多数詰め込んである。ほとんどの人は半分も読んでいないだろう。そのくせ、もっと詳しく知りたいのに情報が足りない記事も多い。しかし、これは新聞や雑誌が平均的読者を対象としている以上やむを得ない。
これは新聞・雑誌を電子書籍化しても変わらない。しかし、印刷物のときは我慢できたこの幕の内弁当の不便さは、インターネットで配信する情報では我慢できるだろうか? 多くの新聞・雑誌はすでにウェブでも情報を提供している。その読者は、読みたくない記事についてはページを開かなければいい。その分ダウンロードの時間が短縮され、通信網の負荷も減る。一方、関連情報について知りたいときは、必要に応じてウェブの全情報を参照できる。この方がインターネットの特性を生かした情報入手方法だ。
電子書籍版はウェブ版と違い「印刷物の新聞紙面をそのまま読める」点を謳い文句にしているところが多い。しかし、印刷物の新聞は、紙面を無駄なく使うため、一つの記事があっちこっちに飛んで大変読みづらい。端末の画面に、この読みづらさをそのまま持ち込む必要性はまったくない。ウェブ版のように原則として1記事が1ページになっている方がずっと読みやすい。端末の画面で新聞紙面のイメージを維持しようとするのは、単なる印刷物の時代へのノスタルジアにすぎない。
また、iPad用の電子書籍版に、その画面サイズに合わせた紙面のイメージを用意したものもある。しかし、今後1年以内に大小各種のサイズの画面のタブレットPCが現れようとしている。そうなれば、iPadはそれらの一つに過ぎなくなる。特定の画面サイズに特化した新聞や雑誌の電子書籍版が普及するとは思えない。
半日遅れのニュースで満足するか?
ウェブ版では常時最新の天気予報や株価を知ることができる。しかし、印刷物の新聞のこれらの情報は半日遅れだ。電子書籍版では多少改善されるのだろうが、1日1回配信される電子書籍版には限界がある。天気予報や株価など、データの差し替えで済むものは適宜更新するとしても、全世界から飛び込んでくるニュースを電子書籍版に反映することはまず不可能だ。電子書籍版は、情報のリアルタイム性でウェブ版に遠く及ばない。
印刷物の雑誌についても、無理やり発行日に間に合わせたような中途半端な記事にしばしば出くわす。これは電子書籍版でも変わらない。ウェブ版の雑誌では必要に応じて随時記事を掲載できるので、常に最新の記事を読むことができる。
望まれる記事検索サービス
このように、書籍は別にして、新聞・雑誌については電子書籍よりウェブの方がはるかに適している。もちろんウェブ版にはインターネットが使える環境が必要だという制約がある。しかし、家庭でも公共施設でも無線LANが使える環境はどんどん増えている。そして、ニーズが高まれば、ウェブの画面を取り込んでおいて、オフラインで閲覧できるようにする技術はそれほど難しくはないだろう。
ウェブ版のもう一つのメリットは、記事単位で購読できる可能性があることだ。そのメリットを十分に生かすためには、記事の検索サービスが望まれる。一般の検索サイトでは、検索結果のゴミの山の中から目的とする記事を探し出すのが大変だ。複数の新聞・雑誌名と発行期間を指定して、キーワードで記事を検索するサービスができることが望まれる。
このように、ウェブ版にもまだ改善すべき点があるが、新聞・雑誌の配信にはやはりウェブ版が本命だ。新聞・雑誌の出版社が何とかして情報の有料化のきっかけをつかもうとするのは理解できるが、だからと言って、電子書籍版をその足がかりにしようとするのには無理があるように思う。
[関連記事]
(a) "Can the Apple iPad save newspapers?", 2010/01/28, The Guadian
(http://www.theguardian.com/media/pda/2010/jan/28/can-apple-ipad-save-newspapers)
(b) "USA TODAY launches app for iPad", 4/5/2010, USA TODAY (http://usatoday30.usatoday.com/news/usa-today-ipad-apps-launch.htm)
(c) 酒井 寿紀、「“The Daily”は成功するか?」、2011年2月9日、Tosky's IT Review (http://toskysitreview.blogspot.jp/2011/02/daily.html)
(d) 酒井 寿紀、「The Dailyの教訓」、2012年12月30日、Tosky's IT Review (http://toskysitreview.blogspot.jp/2012/12/the-daily_30.html)
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