home > Tosky's Archive >

 

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2010年2月号 掲載        PDFファイル

 

 

電子申請に真摯な反省を!

 

酒井 寿紀Sakai Toshinori) 酒井ITビジネス研究所

 

電子申請の無残な利用率

日本政府は2000年以来、「e-Japan」を旗印に掲げ、日本のITのレベルアップに力を入れてきた。その重点テーマの一つが電子政府の実現で、ITの活用によって行政のサービス向上を図るとともに、簡素化・効率化を図るものだった。電子申請はこの電子政府の一つで、税金の申告や各種の申請手続きをインターネットで行えるようにするものである。

この電子申請の利用率の現状が、昨年118日の朝日新聞の1面トップに掲載された。同紙が64システムのすべてを調査したところ、2008年度の総申請数に占める電子申請の利用率が1%未満のものが2割弱あったという。

その主原因は使い勝手の悪さだという。電子申請の設定画面をクリックすると米国のサイトに切り替わり、必要なソフトをダウンロードしろというが、10以上あってどれを選んだらいいか分からないものがあるという。

また、有料の「電子認証」を取得する必要があるものや、住民基本台帳の「住基カード」を読み取るカードリーダを購入する必要があるものがあるのもその原因だという。この問題については前に本コラムでも取り上げた。(1)

 

19府県で休止・縮小

この続報として、昨年1130日の同紙に、地方自治体が電子申請に悪戦苦闘している状況が報じられた。現在、47都道府県中の19府県で電子申請の全面休止や縮小を実施済みか、予定しているという。

その主原因は財政難だという。しかし、電子申請はサービスの向上を図るとともに費用の節減を図るものなので、うまくいけば財政上もメリットがあるはずだ。そうならないのはどこかに問題があるからだ。

前記のように利用率が極端に低いため、電子申請を利用しない人のための窓口担当者を減らせず、人件費の削減ができないのがその大きな理由だろう。しかし、電子申請システム自体にも大きな問題があるようだ。

本記事によると、都道府県ごとにシステム開発をIT業者に発注していたという。これでは自治体ごとに個別に開発することになるので割高になってしまう。住民票や印鑑証明の処理などは自治体ごとにそんなに違う必要はないので、はじめから共通化を図ればかなりの部分が共通にできたはずだ。

また、各自治体はそれぞれの庁舎にコンピュータを設置していたという。これをいくつかのセンターにまとめれば効率向上が図れたはずである。

最近はNECの「電子申請ASP (Application Service Provider)サービス」を使うことによって運用経費を劇的に下げた例が相次いでいるという。中には1/10になった例もあるということだ。ASPというのは、客先の端末からネットワークを介してASP事業者のコンピュータを使うものである。こういうサービスを使えば、ソフトウェアの重複開発もなく、また自治体ごとに稼働率の低いシステムを抱えることもない。経費を激減できたというが、元が高すぎたのだ。

 

根本的な問題は?

朝日新聞によると、電子化を急ぎすぎたのが根本的な原因だという。2000年に電子政府を計画したとき、2003年までにすべての手続きをオンライン化することを最優先したため、「甘い査定でも何でも予算化できた」ということだ。こうして2,300億円以上を投じて稼働率が極めて低いシステムが構築されたという。

民間企業では、システム構築の際、その仕様をユーザーやオペレータの立場でレビューするのが常識である。肝心な箇所についてはプログラムのプロトタイプを作って、実際に使ってみて操作性などを検証する。

そして、政府が進める政策を監視し、問題点を指摘して国会で追及するのは野党の仕事であり、それを取りあげて世論を喚起するのはジャーナリズムの役目だ。これらの点で当時の野党の民主党や当時のジャーナリズムも反省すべきだ。そういう意味では、今回の朝日の一連の報道は、遅きに失した点は残念だが評価に値する。

もう一つの問題は、こういう電子政府の実現はある程度中央集権的に推進しないと、とんでもない無駄を発生するということだ。本記事によると、「総務省から地方に、電子申請を行えと強い指導があった」と言っている議員がいるという。その結果、各都道府県がバラバラにシステムを構築することになったようだ。

小生は5年前にオーム社の雑誌に、「小泉首相は『中央から地方へ』と主張しているが、電子政府についてはただ闇雲に『中央から地方へ』と突き進み、似て非なるシステムが全国にできたらとんでもない落とし穴に落ちてしまうことになる」という趣旨の記事を書いた。(2) 不幸にして小生の危惧が現実になってしまったようだ。

そして、最も反省すべきは官僚である。何の戦略もなく地方自治体に圧力をかければ何が起きるかを総務省の官僚は想像できなかったのだろうか?

民主党政権に旧政権時代の過去を洗い直してもらわないといけない問題はまだまだあるようだ。

 

(1) 酒井 寿紀:「これでいいのか? 日本の電子政府」, OHM, 20076月号, オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2007/ar0706ohm.htm)

(2) 酒井 寿紀:「『中央から地方へ』の落とし穴」, Computer & Network LAN, 20045月号, オーム社 (http://www.toskyworld.com/archive/2004/chuoukarachihou.htm)

 


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2010, Toshinori Sakai, All rights reserved