home > Tosky's Archive >

 

 

(株)オーム社 技術総合誌「OHM 2008年6月号 掲載        PDFファイル

 

 

携帯電話の世界に激震!?

 

酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

 

KDDILTE陣営に?

今年3月、KDDIが次世代の携帯電話にLTE (Long Term Evolution)を採用することを真剣に検討中と一部で報道された。これは、実は大変なことなのだ。現在、世界中の携帯電話はGSM系とCDMA系の二つに大きく分かれていて、KDDICDMA系だが、LTEGSM系の次世代規格なのである。つまり、KDDIにとっては路線の大変更を意味する。なぜ今、路線変更なのだろうか? そして、これはユーザーにとってどういう意味があるのだろうか?

 

全世界では?

まず、全世界ではどうなっているのか見てみよう。ヨーロッパでは第2世代には主としてGSMが使われ、その第3世代はUMTSになった。これらGSM系の携帯電話は、米国でもAT&Tなどによって使われ、全世界の携帯電話の約80%を占めている。日本は、第2世代にはPDCという日本独自の規格を使っていたが、NTTドコモやソフトバンクモバイルが第3世代に使っているW-CDMAUMTSとほぼ同じものでGSM系に属する。

一方、米国のベライゾン・ワイヤレス、日本のKDDIなどはCDMA系の携帯電話を使っている。これは北米、ラテンアメリカ、アジア諸国などで広く使われていて、全世界の約20%を占めている。

現在、第3世代の後継規格としては、GSM系に対してはLTEが提案され、CDMA系に対してはUMB (Ultra Mobile Broadband)が提案されている。両規格とも、多重化にOFDMA (Orthogonal Frequency-division Multiple Access)という技術を使い、基本となる周波数帯域は20MHzで、音声や映像も含めてIP (Internet Protocol)を使って転送する。このように両者は技術的に極めて近い。

このような状況の下で、20079月にCDMA系のベライゾンが、将来はLTEを使うと表明した。そして今年3月、KDDIがベライゾンに追従してLTEへの移行を検討中というニュースが流れた。

 

なぜLTEか?

では、なぜCDMA系の各社が別系統の規格の採用に走るのだろうか?

まず、利用者が多い規格の方が、基地局の設備や端末の量産効果が大きく、それらのベンダーも多いため機器をより安く調達できる。

そしてユーザーにとっては、より広く普及している規格の方が、ローミングによって一つの端末を世界中で使えるので、現在のグローバル化が進んだ世界では便利だ。現状では、GSM系の端末はほぼ全世界で使えるが、CDMA系の端末はヨーロッパでは使える国が限られる。

また、CDMA系は技術の根幹を米国のクアルコム1社に押さえられているため、通信事業者にはクアルコムのくびきから逃れたいという気持ちも強いと思われる。クアルコムは自社の知的財産権を事業にフルに活用しており、これはCDMA系の事業者にとっては常にリスク要因になる。

そして、2007年の「iPhoneショック」も影響していると思われる。アップルは20076月にiPhoneというタッチスクリーン付の斬新なスマートフォンを発売し、これが使える通信事業者として、米国ではAT&T、英国ではO2、フランスではオランジュ、ドイツではT-モバイルを選択した。すべてGSM系の通信事業者である。今後は特徴のある携帯端末が新しい携帯電話の市場を開拓するようになる。その時、通信事業者としてまず選ばれるのは、世界で最も普及している規格の事業者だ。それ以外の規格の事業者は常に新サービスに乗り遅れる。今後バラエティに富んだ携帯端末やゲーム機などがどんどん携帯電話回線につながるようになると、これでは競争に勝てない。

そして、第3世代から次世代への移行は、GSM系にとってもCDMA系にとっても基地局や端末の流用が効かない。そのため、CDMA系の事業者にとっては、第2世代から第3世代に移行したときのような設備の流用ができず、UMBを採用するのもLTEを採用するのも大差ない。したがって、CDMA系にとっては今回の世代交代は路線変更のチャンスなのだ。

 

今後はどうなる?

CDMA系の大手である米国のスプリント・ネクステルは次世代にWiMAXを使う予定だという。そして、CDMA系の次期規格であるUMBの採用を発表した通信事業者はまだなく、クアルコム自身、LTE関連の製品を発表した。このような状況なので、北米やラテンアメリカ、アジアの他のCDMA系の事業者も雪崩現象的にLTEの採用に向かう可能性が大きいと思われる。

このようにして全世界の携帯電話の規格が事実上統一されれば、通信事業者から独立した端末やアプリケーションの事業環境が改善され、携帯電話事業の水平分業化が進むと考えられる。

現在、中国は第3世代にTD-SCDMAという独自の規格を採用しようとしており、日本のウィルコムは次世代PHSという独自規格の採用を計画している。しかし、世界が規格統一に向かい、全世界で水平分業が進むと、こういうローカルな規格を取り巻く環境は厳しくなる。問題は細かい技術の良し悪しではない。利用者にとっては通信方式などどうでもよく、アプリケーションが豊富で安い端末が、安い通信料金で世界中どこへ持って行っても使えればいいのである。

 


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。


Copyright (C) 2008, Toshinori Sakai, All rights reserved