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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年8月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

成るか?三度目の正直 ・・・通信・放送の法体系改正

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

なぜ今、法改正が必要か?

2007619日に、総務省の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」が「中間取りまとめ」を公表した。1) なぜ今、この法体系が問題とされているのだろうか?

従来、一つのテレビ放送には一つのVHF電波が割り当てられるというように、放送されるコンテンツとその伝送系は11に対応していた。そのため、これらの放送を規制する法律も、コンテンツから伝送系までを含めたものであり、放送業界も、それを規制する法律も縦割りだった。

ところが、近年伝送系が多様化し、この11対応が崩れてきた。例えば、テレビで、CATVや通信衛星による放送が始まり、これらに対しては、「有線テレビジョン放送法」や「電気通信役務利用放送法」などを制定し、しのいできた。しかし、これらの法律も、最近世界中で始まっているインターネットを使った放送には満足に応えられない。

 

なぜ「横割り」か?

今回の「中間取りまとめ」では、従来縦割りだった規制を横割りにすべきとしている。横割りがよい理由として、有害コンテンツが及ぼす害悪は、その伝送手段によらないことなどがある。これらに対する規制は、従来の放送だけでなく、インターネットを使った放送に対しても同様に効力を発揮すべきである。ところが現在は、インターネットを使った放送は「通信」として扱われ、放送に対する規制の対象外である。また、伝送系は、技術の進歩に従って変化し多様化するので、コンテンツに対する規制は、伝送系に対する規制から独立していた方が望ましい。

一方、伝送系については、従来は、通信用設備と放送設備がはっきり分かれていたため、規制が通信と放送に分かれていても不都合がなかった。ところが最近は、元々通信用に構築されたインターネットがラジオやテレビの放送に使われるようになり、テレビ放送用だったCATVがインターネットや電話にも使われるようになった。したがって、伝送系についても横割りの規制の方が現状に即している。

そしてITの市場も、コンテンツ、伝送系などに横割りになり、その中で事業者間の競争が行われるようになってきた。この横割りの市場での事業環境を整備しないと、世界に通用する良質なコンテンツは生まれない。

 

議論は繰り返す

政府内でこういった議論がなされたのは、今回が初めてではない。

2001年、当時の小泉内閣のIT戦略本部に、宮内義彦氏を会長とした「IT関連規制改革専門調査会」が設けられた。同年12月のIT戦略本部の会議で、小泉首相、竹中平蔵IT担当大臣列席のもと、宮内会長はこの「調査会」の結論を次のように報告した。「(規制改革を実施すべき)第1点は通信、放送の制度をアナログ技術を前提とした事業毎の縦割りの規制体系からデジタル技術、インターネットを前提としたレイヤー毎、機能毎の競争促進体系へと抜本的に転換する。それにより、通信・放送分野における競争の促進と通信・放送の融合の促進を図るべきではないかということである」2) 趣旨は基本的に今回の「中間取りまとめ」と同じである。

しかし、この提案は当時の放送業界の猛反発にあった。20023月のIT戦略本部の会議で、当時のNHKの海老沢勝二会長は、タイタニック号の遭難や三宅島の噴火の例をあげ、コンテンツと無線による放送をまとめて提供しないと国民の安全は守れないと主張した。また、当時の日本民間放送連盟の氏家齊一郎会長も9.11同時多発テロの例をあげて同様な主張をし、横割り論は空論だと述べた。3)

このときの「調査会」の提案は無線による放送を否定しているわけではなかった。また、規制をコンテンツと伝送系に分けるべきということであって、企業を両者に分割すべきというものではなかった。したがって、両名の主張は、調査会の論点とまったく噛み合っていなかった。しかし、この抵抗勢力の勢いに圧倒されたためか、法改正を具体化する動きはその後起きなかった。

それから3年経った200512月に、総務省が「通信・放送の在り方に関する懇談会」を開設した。20066月に公表されたその報告書には、「通信・放送の融合/連携が進展するにもかかわらず、法体系上は通信と放送に二分されている。このため、通信・放送の融合に対応して現行の法体系を見直すことが喫緊の課題である」という趣旨が記されている。4)

そして、同月、「通信・放送の在り方に関する政府与党合意」において、「通信と放送に関する総合的な法体系について、基幹放送の概念の維持を前提に早急に検討に着手し、2010年までに結論を得る」と取り決められ、これを踏まえて今回の「研究会」が開設された。5)

この研究会は、200712月を目処に最終報告書を作成して法体系の骨子を提示し、2010年の通常国会への法案提出を目指すという。したがって、新しい法律が日の目を見るのは早くて2011年になる。この問題の議論が始まってから10年経過後である。このスピードでは、とてもIT先進国にはなれそうもない。

今後また、現行法で守られている既得権益を手放すまいとする抵抗勢力が頭をもたげるだろう。しかし、この抵抗勢力は、しょせん、鉄道の時代に入ったのに馬車屋を守ろうとする馬車屋の親分と同じである。頑張れば頑張るほど後世に悪名を残す。

OHM20078月号

 

[後記] 「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」の最終報告書は予定通り200712月に公表された。総務省はこの報告書を踏まえて、2010年の通常国会への法案提出を目指すため、20082月に「具体的な制度の在り方」について「情報通信審議会」に諮問した。答申の希望時期は200912月頃という。本件の審議のため、「情報通信審議会」に新たに「通信・放送の総合的な法体系に関する検討委員会」が設けられて、現在審議が継続中である。

参考文献

1) 「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会 中間取りまとめ」、2007619日、総務省 

(http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/pdf/070619_3_bs2.pdf)

2) 「第8IT戦略本部 議事録」、2001126日、首相官邸

(http://www.kantei.go.jp/jp/it/network/dai8/8gijiroku.html)

3) 「第10IT戦略本部 議事録」、2002311日、首相官邸

(http://www.kantei.go.jp/jp/it/network/dai10/10gijiroku.html)

4) 「通信・放送の在り方に関する懇談会 報告書」、200666日、総務省

(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060606_saisyuu.pdf)

5) 「通信・放送の在り方に関する政府与党合意」、2006620日、総務省

(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/tsushin_hosou/pdf/060623_1.pdf)

 


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