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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年4月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

Winny裁判の教訓

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

Winnyの開発者が有罪に!

200612月に、京都地裁がWinnyというファイル交換ソフト*1) の開発者に対し、著作権法違反の幇助罪で罰金150万円の有罪判決を下した。違法なファイル交換に使われるのを承知のうえで、インターネットでこのソフトウェアを公開し、改良を重ねたというのがその理由である1)

この判決に対し、ソフトウェア関係者は、若い開発者の意欲を萎縮させるものだと避難している1)。今回の事件は一体どのような問題をはらんでいるのだろうか?

 

Winny裁判の歴史的背景は?

今回の事件は、著作権者と著作物をコピーしたり配布したりする者との間で長年争われてきた戦いの延長線上にある。このような問題が大きく取りあげられたのは、米国でユニバーサル・スタジオがソニーのビデオテープ・レコーダを、違法コピーを助長するものだと訴えたのが最初である。裁判は1976年から8年間にわたって争われ、最後に米国の最高裁によって、「ある製品が合法的な目的に広く使われているのであれば、その製品が一部で違法に使われたとしても、その製品が違法行為を助長したとは言えない」との判断が示された。

この判決は、その後のこの種の問題の指針となってきた。しかし、1990年代の末にインターネットが高速化し、音楽のディジタル化やファイル交換の技術が進歩すると新たな問題が発生した。音楽ファイルのインターネットでの公開が流行し、それをダウンロードすれば誰でも無料で音楽を聴けるようになったためである。

Napsterはこういうサービスの一つで、1999年にサービスを開始し、使い勝手のよさから一時、何千万人もの人が使っていた。そして、Napsterで流通していた音楽のほとんどが違法コピーだったという。その後、NapsterRIAA(全米レコード工業会)などに訴えられ、敗訴になった後、結局清算された。ファイル交換ソフト自身に違法性がなくても、大半のケースで違法行為に使われ、もはやソニー対ユニバーサル・スタジオの判例は通用しなくなった。

しかし、ファイル交換ソフトは、モグラ叩きのモグラのように次々と新しいものが現れ、インターネット上で使われているのが実態である。Winnyもその一つだった。最近は、YouTubeなど映像ファイルの共用も盛んで、ここでも全世界からの違法投稿者があとを絶たない。

 

Winny裁判が教えるもの

このような背景の下で今回のWinny裁判を見るとき、我々はそこから何を学ぶべきだろうか? 

今回の判決で、裁判官はWinnyというソフト自身に違法性はないとはっきり言っている。しかし、開発者がソフトを提供する際の法的な認識は問題で、場合によっては著作権法違反の幇助行為とみなされることがあり得ると言う2)Winnyの開発者は、「従来の著作権のモデルは今や崩れつつあり、それを後押ししてもよいのではないかと思う」という趣旨のことを言ったと伝えられており、これが問題にされたようだ。

検察側も、こういう発言がなかったら、たぶん起訴には二の足を踏んだだろう。何せファイル交換ソフトは世の中に数多くあり、Winnyもその一つに過ぎないからだ。

したがって、これからは開発者も法的にどのような世界で活動しているかをよく認識し、不用意な発言は避けるべきだ。「技術バカを決め込んでいれば裁判沙汰になることはない」という考えは通用しない。しかし、ガードをちゃんと固めていればおそれることはなく、いたずらに萎縮する必要はない。

ファイル交換ソフトや、それを使ったサービスには国境がない。動画投稿サイトのYouTubeには日本、韓国、中国などからも多数投稿されている。また、追及をかわすために違法なサーバを国外に設置しているケースもある。そのため、米国のFBI2005年に多数の違法コピー業者を摘発したときは14か国に協力を仰いだ。

このような状況なので、Winny裁判については海外の関心も高い。米国に比べれば、著作権法違反の訴訟がはるかに少ない日本で本件が起きたことを驚きの目で見ている。米国では従来、ファイル交換ソフトの開発者が民事訴訟で訴えられることはあっても、刑事責任を問われることはなかったので、改めて日米の差を感じているようだ。日本の当局のやり方は行き過ぎで、技術革新の妨げになると非難している人もいる3)

今後の日本経済の発展のためには、諸外国に日本の事業環境を高く評価してもらい、積極的に投資してもらう必要がある。現在、日本の対内直接投資は、他の先進諸国に比べ極端に少なく、政府もその増大に力を入れている。ただでさえ、商習慣や税制など、その妨げになる要因が多いのに、今回のような事件で日本の事業環境について悪印象を与えたら、現状の改善は望めない。

警察や司法の現場は、もちろん現行法の執行に全力を上げてもらわなければならない。しかし、著作権とコピー技術の関係は、技術の進歩に伴って各国で議論が繰り返され、新技術に対応してきた、グレーな要素のある領域である。そして、インターネットの世界は一つなので、従来以上に各国が歩調を合わせる必要がある。そのため、現行法の執行だけでなく、より高い立場での見識も要求される。「日本は世界の常識が通用しない、地球上の片田舎だ」と言われないようにしなければならない。

OHM20074月号

 

[後記] 200612月の判決を不服として、被告側は即日控訴した。また、京都地方検察庁も本判決を不服として控訴した。こうして、本件は大阪高裁で今なお係争中である。

本件は、つまるところ、数多くいる実行犯を野放しにしておいて、その実行犯が使った(汎用的な)道具を作った人を幇助罪に処するというものである。こういうことが蔓延したら、おそろしくて暮らしていけないような国になる。

 

*1) ファイル交換ソフト: インターネットのユーザー同士が、お互いに自分が持っている音楽や映像などのファイルを交換するソフト。ファイル共有ソフトとも言う

 

参考文献

1) 「『Winny裁判』で有罪判決、自由なソフト開発はもうできない?」、@IT>テクノロジー>NewsInsight 2006/12/13、アイティメディア(株)

(http://www.atmarkit.co.jp/news/200612/13/winny.html)

2) 「『Winny自体は価値中立で有意義』の司法判断、その影響は?」、@IT>テクノロジー>NewsInsight 2006/12/15、アイティメディア(株)

(http://www.atmarkit.co.jp/news/200612/15/winny.html)

3) “Arrest of Winny Author 'Overkill' ”, TechNewsWorld > Technology 05/13/04

(http://www.technewsworld.com/story/33774.html)

 


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