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オーム社 技術総合誌「OHM」2005年11月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

専用製品から汎用製品へ

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

死語の山

コンピュータの世界で、特定の機能や特定のユーザーのニーズに特化した専用製品と、幅広いユーザーの要求に対応した汎用製品はどのように使い分けられてきただろうか? 

コンピュータは、1940年代に、弾道計算などの科学技術計算の高速化のために発明された。それは、2進数の演算しかできなかった。しかしその後、1950年代に事務用コンピュータが出現した。それは、逆に10進演算しかできなかった。両者はまったく別の製品だった。1964年に、IBM2進数も10進数も扱えるシステム/360を発表し、汎用コンピュータの時代が始まった。

1960年代には、国鉄の座席予約、銀行の為替交換などに、それぞれ専用のコンピュータが使われていた。米国でも、防空システムのSAGE*1) には専用のコンピュータが使われ、アメリカン航空の座席予約システムSABRE*2) には専用のオペレーティング・システムが使われていた。しかし、汎用コンピュータが進歩すると、これらの専用製品は次第に汎用製品によって置き換えられていった。

1970年代から1980年代にかけて約20年間にわたって使われた、旧電電公社のDIPSは、CPU、磁気ディスク装置、通信制御装置、基本ソフトなど、すべて専用のものだった。これは全世界のコンピュータの歴史上、空前絶後のことだった。しかしこれも、入出力装置などから徐々に汎用製品に置き換えられ、1990年代に入って姿を消した。

化学プラントなどで使われるコンピュータは、厳しい環境で24時間運転が要求されるため、特別に信頼性を高めたものが作られた。これはプロセス・コンピュータなどと呼ばれた。しかし、これも現在は汎用のサーバになってしまった。

1980年代には一時データベース・マシンというものが流行した。これは専用のハードウェアでリレーショナル・データベースの処理の高速化を図ったものだった。しかし、汎用のサーバが安く、高速になると、存在価値が薄れて使われなくなってしまった。

また、1980年代には一時フォールト・トレラント・コンピュータというものが流行った。これは、証券会社などの高信頼性が要求されるオンライン・システムに使われた。これも、汎用のUNIXのサーバの信頼性が高くなると影を潜めた。

オンライン・システムで使われる端末も、当初は、銀行用、証券会社用、航空会社用など、それぞれ異なり、しかも個々のユーザー企業ごとに少しずつ違っていた。しかし、パソコンの信頼性が上がると、一般のパソコンで置き換えられていった。

アプリケーション・プログラムは、以前は顧客ごとに開発されていた。つまりオーダーメイドだった。しかし、プログラムが複雑になり、開発コストが膨大になると、多少の不便は我慢しても、レディーメイドのパッケージ・ソフトを使うのが一般的になった。

このように、コンピュータの歴史は、専用製品から汎用製品への変遷の歴史である。専用製品は死語の山を残してつぎつぎと舞台から消えていった。初めのうちは極めて高い信頼性の要求などに対して、専用製品で対応せざるを得なかったが、汎用製品がその要求を満たすようになると、専用製品の存在理由がなくなった。そして、半導体の進歩に伴い、ソフトウェアの開発量がどんどん増えると、少数ユーザー向けの専用製品は、開発費の負担が困難になっていった。その傾向は現在も続いている。

 

今後はどうなる?

では、最近はどうだろうか? 企業も個人も、高齢者も若者も、ほとんど同じパソコンや携帯電話を使っている。本来、ユーザーによって、要求する機能には相当な開きがあるはずだが、不便を嘆きながら全員が汎用製品を使っているのが現状だ。もはや、一部のユーザーだけを対象にした専用製品は現れなくなってしまったのだろうか? いや、必ずしもそうではない。

一例をあげると、1990年代の半ばに、シンクライアント(Thin Client)という、ハード・ディスクを持たず、ネットワークで接続されたセンターでデータ処理を実行するパソコンが現れた。これは、企業で社員が使うパソコンを集中管理することにより、管理コストを低減するとともに、パソコンからハード・ディスクをなくすことで、盗難などによる情報漏洩を防止しようとするものだ。

1990年代半ばに、初めてシンクライアントが現れたときは、パソコンの価格低下でコスト上のメリットがなくなり、普及しなかった。しかし最近、情報漏洩事故が多発し、20054月に、日本で個人情報保護法が施行されたため、多くのメーカーが再び各種のシンクライアントの販売に力を入れだした。

しかし、情報漏洩の防止は、程度の差はあっても、すべてのパソコンに共通した課題で、一般のパソコンでも暗号化や生体認証の導入が進められている。そして、企業でパソコンを集中管理する機能も汎用製品に取り込まれつつある。一方、シンクライアントは、出張者や在宅勤務者にとっては不便が大きい。したがって、前述した過去の多くの専用製品と同じ道をたどるとすれば、このシンクライアントという一種の専用製品も、再び汎用パソコンに吸収されてしまうことになるだろう。

専用製品が現れたときは、コンピュータがたどってきた歴史をよく振り返ってみる必要がある。

OHM200511月号

 

[後記] シンクライアントの問題については、「OHM200711月号「シンクライアントは最善策か?」で詳しく紹介した。そこに記したように、シンクライアントには長所と同時に短所も多く、最近、通常のパソコンを使ってシンクライアントと同様なセキュリティ対策を実現しようとするシステムも出現しつつある。

 

*1) SAGE Semi-Automatic Ground Environmentの略。1960年代から1970年代にかけて米空軍が使用した防空システム。MITが開発を担当し、IBMが製造した

*2) SABRESemi-Automated Business Research Environmentの略。元々はアメリカン航空の座席予約システムとして、同社とIBMが共同で開発したものだが、その後、旅行会社、鉄道会社などにも広く使われるようになった

 


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