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オーム社 技術総合誌「OHM」2005年8月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

放送とインターネットは融合するか?

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

まったく異なる意見が対立

2005年前半メディアを賑わせた「ホリエモン騒動」も一段落したようだ。しかし、この騒動が提起したいろいろな問題の決着は、まだ着いていない。その一つに、放送とインターネットの融合という問題がある。これについては、まったく異なる二つの意見がある。例えば、「文藝春秋」20055月号の「平成ホリエモン事件」には、次のような見解が記されている。

ホリエモンこと堀江貴文氏は言う。「未来のメディア業を端的に言うと、通信と放送メディアの境目がどんどんなくなる。・・・インターネットとは、その通信、放送のすべてを包括する概念ですから、将来、通信や放送をのみこんでいくのは宿命といっていい」1)

一方、立花隆氏は言っている。「既成メディアの情報力は、・・・第一線の取材記者群の取材能力にある。・・・(したがって、)堀江が豪語したような、いずれインターネットが旧来メディアを全部死滅させるなどという日は当分来そうもない」2)

また、大前研一氏は言う。「私は、経営者としての堀江社長や、特に『ITと放送の融合』という経営方針はまったく評価していない。ほんの少し勉強すれば、ITとメディアにシナジーがないことはわかるはずだ。・・・そもそもテレビはソファーに寝そべってダラッと見るもので、パソコンに向かって前のめりになるインターネットとは両立しないのだ」3)

将来の姿は一つなのに、なぜこうも意見が対立しているのだろうか? それを明らかにするために、まず現在のメディアの実態を見てみよう。

 

メディアって何だ?

メディアと言われるものには、まず新聞や雑誌がある。これは執筆者が書いた記事を、印刷物として発行するものだ。記事は「コンテンツ」であり、印刷物はそれを読者に届ける「媒体」である。最近はほとんどの新聞社が、主な記事をインターネットという新しい媒体でも配信するようになった。

そして、メディアには、テレビやラジオがある。これは番組というコンテンツを電波という媒体に乗せて視聴者に届ける。最近は、従来の地上波のほか、衛星放送やケーブル・テレビでも配信するので、媒体の種類が非常に増えた。そして、米国のテレビ局は、ウェブでもニュース番組のさわりの部分を配信している。

また映画は、従来はフィルムという媒体に収められたものを、映画館で映写してもらって見るしかなかった。しかし今は、DVDを使って、家庭でも見ることができる。そして、20053月に、USENは映画のインターネットでの配信を始めた。

このように、「メディア」と一言で呼ばれるものは、「コンテンツ」と「媒体」からなる。そして、従来からのコンテンツはそんなに変わったわけではないが、媒体の方は、技術の進歩に伴って変化し、多様化してきた。この傾向は今後も続く。

このように、メディアをコンテンツと媒体に分けると、インターネットはコンテンツをユーザーに届ける媒体の一つに過ぎない。

従来は、新聞でもテレビでも、一つのコンテンツが一つの媒体に対応していたので、これらをごっちゃにして「メディア」と呼んでも、さして混乱は起きなかった。しかし、媒体が多様化した現在、これらを峻別して議論しないと、話が混乱する。

この実態を踏まえて、前記3氏の意見を振り返ってみよう。

ホリエモンが、インターネットは放送を飲み込んでいくといっても、現在の放送のコンテンツがそんなに変わるわけではない。インターネットの双方向性によって、新しいコンテンツが生まれるといっても、本質が変わるほどのものではない。変わるのは、放送番組の配信媒体としてインターネットも使われるようになるということだ。

そういう意味では、立花隆氏が、旧来メディアは死滅しないと言うのは正しい。しかし、立花氏も大前氏も、コンテンツ配信の媒体が印刷物や電波からインターネットに変わりつつあることを正しく認識すべきだ。

インターネットでの音楽配信を利用している人は、昨年全世界で1千万人を超えたという。今後は、回線の高速化に伴い、映像コンテンツのインターネットでの配信を利用する人も増えるだろう。この人たちは、インターネットを単にコンテンツ入手の手段として使っているのであって、大前氏が言うように、「前のめりになって」インターネットを使っているわけではない。

 

経営を統合すればうまくいくか?

前述のように、コンテンツのインターネットでの配信は、今後さらに進む。そのため、この市場をねらって、IT関連企業は、さかんに、コンテンツ制作会社に出資したり、それを買収したりしている。例えば、20054月に、USENは日活の買収を検討すると発表した。そして、ホリエモンはフジテレビジョンを、実質的に、支配下に置こうとしたようだ。

コンテンツ配信会社が、強力なコンテンツを持っている企業と提携しようとするのは当然である。しかし、経営を統合するのは必ずしもメリットばかりではない。同一企業グループになれば、コンテンツ制作部門は、ほかの配信会社を通じての配信が難しくなり、また、コンテンツ配信部門は他社のコンテンツの入手に制約を受ける。そういう意味では、両者のシナジー効果を疑問視する大前氏の意見にも一理ある。コンテンツの制作とその配信は性格を異にするビジネスなので、お互いに独立していた方が経営の自由度が増える。

OHM20058月号

 

[後記] 日本でも20057月頃から、テレビ局によるインターネット使った映像の配信が続々と始まり、パソコンで視聴できるようになった。また、20079月に、インターネットで配信された映像をテレビ受像機で視聴する「アクトビラ」がサービスを開始した。そして、20083月からNTTは、専用IP網を使って映像を配信する「ひかりTV」のサービスを始めた。このように、映像コンテンツの配信媒体として、従来の電波やケーブル・テレビに加えて、インターネットや専用IP網が、今や無視できない存在になった。

なお、日活の買収を検討していたUSEN20058月にそれを断念すると発表した。

 

参考文献

1) 堀江貴文、「牙を抜かれた経営者は去れ」(インタビュー)、文藝春秋、20055月号、pp.120-127

2) 立花 隆、「ネットはメディアを殺せない」、文藝春秋、20055月号、pp.97-101

3) 大前研一、「荒野のガンマンvs. 白馬の騎士」、文藝春秋、20055月号、pp.101-105

 


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