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Pen・友」第33号(20054月発行)掲載        PDFファイル 

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 漢字文化圏の知恵比べ

 

酒 井 寿 紀

 

本稿では、中国語、日本語、朝鮮語での漢字の使い方について取り上げる。もちろん漢字は中国で生まれたものである。しかし、現在これらの国で使われている、漢字を使った言葉は、どの国で作られたものが多いのだろうか? そして、現在一番うまく漢字を活用しているのは、はたしてどの国だろうか?

中国語や朝鮮語をろくに知らない者が、数少ない経験や、少数の辞書を頼りに書き、大胆な推定も加えたので、多分間違いもあることだろう。もし誤りに気付かれたら、ご教示頂ければ幸いである。

 

中国人の旺盛な造語力

 

「花様滑氷」って何?

はじめにクイズを二、三。先ず、スポーツの問題から。

「中国語で『手球』って何でしょう?」

これは易しいでしょう。答えは文字通り「ハンドボール」。

「では、『足球』って何でしょう?」

これも易しいでしょう。答えは「サッカー」。

日本では昔、サッカーのことを「蹴球」と言っていたが、中国では「足球」と言う。「フットボール」の直訳である。

「では、『籃球』とは?」

ヒントは、「籃」とは「かご」のこと。

答えは「バスケットボール」。日本では昔「籠球(ロウキュウ)」と言っていた。「籠」も「籃」と同じで、「かご」のことである。

「では、『網球』は?」

これは「テニス」。「庭球」とは言わない。

「では、『棒球』は?」

これは「野球」。「ベースボール」なので「塁球」でもよさそうなものだが、中国人も日本人も別の名前を付けた。

「バレーボール」は「排球」と言う。これは日本でも同じだった。

球技を離れて、「滑雪」とは? 雪の上を滑るスポーツ、すなわち「スキー」。同様にして「滑氷」が「スケート」。

では、「花様滑氷」とは? これは「フィギュアスケート」。なるほど、花の様に氷の上を滑る、か。

現在の中国では「様」「氷」などは簡体字を使うのだが、日本人には分らない字が多いので、本稿では、日本の漢字があるものについては日本の漢字を使わせて頂く。

日本語では英語をカナ書きするスポーツ用語が多いが、中国語にはカナのような表音文字がないから、すべて漢字にしなければならない。スポーツの名前だけではない。例えば野球だと、「ストライク」が「好球」、「ボール」が「壊球」、「セーフ」が「安全」、「アウト」が「出局」だそうだ。

このように、ほとんどの言葉が外国語の意味を漢字で表しているが、中には外国語の音をそのまま漢字にしたものもある。例えば、「ゴルフ」は「高爾夫球」、「マラソン」は「馬拉松」と言う。

 

「低音提琴」って何?

次に音楽関係の言葉を少々。

「中国語で『小提琴』って何でしょう?」

答えは「ヴァイオリン」。最近は聞かないが、日本でも昔は「ヴァイオリン」のことを「提琴」と言っていた。

「では、『大提琴』って何でしょう?」

答えは「チェロ」。

「では、『低音提琴』は?」

答えは「コントラバス」。

中国語では、ラッパのことを「号(ハオ)」という。「では、『小号』って何でしょう?」

答えは「トランペット」

「では、『長号』は?」

答えは「トロンボーン」

「短号」は「コルネット」、「円号」は「ホルン」だそうだ。

「では、『黒管』とは?」

答えは、黒い管楽器、つまり「クラリネット」。今度は大きさや形でなく、色で来た。「クラリネット」は「単簧管」とも言う。「簧」とは、振動して音を出すリードのことを言う。

「では、『双簧管』とは?」

答えは「オーボエ」。リードの違いで「クラリネット」と「オーボエ」を区別している。

「では、『大管』は?」

答えは「バスーン」。

「フルート」が「長笛」、「ピッコロ」が「短笛」だそうだ。

楽器の名前の中国語を覚えれば、その形や構造まで分かってしまう。

また、「ソプラノ」は「女高音」、「メゾソプラノ」は「女中音」、「アルト」は「女低音」、「テノール」は「男高音」、「バリトン」は「男中音」、「バス」は「男低音」と言うので、聞いただけで、男女の差や音域が分る。

「シンフォニー」が「交響曲」、「コンチェルト」が「協奏曲」、「ソナタ」が「奏鳴曲」なのは日本と同じだが、これらはどっちが先に名付けたのだろうか?

 

 

「ナノ秒」を中国語で何という?

スポーツや音楽の用語については、だいたい訳し終わっているので、もうそんなに問題はない。しかし、例えばコンピュータやネットワークの用語となると、毎年のように新しい言葉が大量に生まれるので大変だ。

私は20年ほど前にコンピュータのセミナーの講師として中国に行ったことがある。その時、通訳の中国語を聞いて、われわれが英語をそのままカタカナにして使っているコンピュータ用語にすべて中国語が用意されているのを知って驚いた。例えば、「プログラム」を「程序」、「ハードウェア」を「硬件」、「ソフトウェア」を「軟件」と言う。そして「ファームウェア(ハードウェアとソフトウェアの中間のようなもの)」にも「固件」という言葉がちゃんと用意されている。「磁帯」が「磁気テープ」、「磁盤」が「磁気ディスク」なのはだいたい見当がついた。

半導体の進歩で、回路のスピードが速くなると、使う単位が変わる。その度に新しい言葉を作らなければならない。1秒の1,000分の1の「ミリ秒」は「亳秒」、その1,000分の1の「マイクロ秒」は「微秒」と言う。そのまた1,000分の1の「ナノ秒」になると、コンピュータのベテランの通訳も分らなくなり、辞書を引いて調べていた。これは「亳微秒」と言う。その後、さらに技術が進歩し、最近は「ナノ秒」の1,000分の1の「ピコ秒」も使われるようになった。これは「微微秒」とか「皮秒」と呼ばれる。「皮」の中国音は「ピ」で、これは「ピコ」の音から来たものだ。

最近の用語では、「インターネット」は「互聯網」、「ウェブサイト」は「網站」、「ホームページ」は「主頁」、「LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)」は「局域網」と言う。技術の進歩が激しい分野では、言葉を作るのがさぞ大変だろう。ご苦労様なことである。

 

「津巴布韋」ってどこの国?

1981年に中国に行ったとき、長安街の広い通りを横断して、延々と万国旗が飾られていた。これは国賓が来訪したときの慣わしだった。どこの国の人だろうと「人民日報」を見ると、「津巴布韋」の人だと書いてある。しかし、中国に駐在していた中国語がペラペラの人も、どこの国か分からなかった。あとで当時発刊早々の「China Daily」を見て、それが「ジンバブエ」だと分かった。

このように、カナのない中国では固有名詞もすべて漢字で表さなければならない。

日本でも昔は、国名の表記に漢字を使っていた。「アメリカ」は「亜米利加」、「イギリス」は「英吉利」、「フランス」は「仏蘭西」、「ドイツ」は「独逸」などである。中国では、「アメリカ」は「美国」、「フランス」は「法国」、「ドイツ」は「徳国」と書く。従って、日本語での漢字の国名は日本で付けられたものだ。

しかし、日本ではこういう漢字での表記をやめ、カナ書きにしてしまった。現在使われている、「米」、「英」、「仏」、「独」などは昔使われていた漢字表記の名残である。主な国で、日本語と中国語の漢字表記が同じなのは「英国」だけである。「英」の中国音は「イン」などで、中国人が「England」の音から名付け、日本語がそれを取り入れたのだろう。

カナのない中国では、漢字での表記をやめるわけにいかず、「ジンバブエ」など新しい国が誕生する度に、どういう漢字で表すかを決めなければならない。

しかし、国の名前は限られているからまだいい。町や村になると無数にある。ロンドンやパリはいいとしても、「チェルノブイリで原子炉爆発」などというニュースが飛び込んでくると、放送局や新聞社は、「チェルノブイリ」を漢字でどう書くかを即刻決めなければならない。「人民日報」や「中央電視台(国営の放送局)」が使った漢字が標準になるのだと聞いたが、統一されるまでにはかなり混乱もあるだろう。

地名の漢字表記は、ほとんどすべて外国語の音を漢字で表したものだが、中にはその意味から名付けたものもある。「Oxford」を「牛津」、「Cambridge」を「剣橋」というのはこの類だ。こういうダジャレ的命名は日本にもあり、昔「Hollywood」を「聖林」と書いていた。これは日本だけで、中国では「好莱塢」と書く。「サンフランシスコ」を中国語で「旧金山」と言うのは、かつてのゴールドラッシュの名残だろうか? 日本では昔「桑港」と書いていたがこれは中国では使われない。

しかし地名はまだいい。人名になるともっと大変だ。

アメリカの大統領が、レーガン、ブッシュ、クリントンと変わる度に漢字を決めなければならない。そして、ものを書いたり話したりする人はこれを覚えなければならない。そのほか、ニュースに登場する無数の外国人の名前を、犯罪者の名前に至るまですべて漢字にしないといけないのだから大変な騒ぎだ。

海外の企業の名前も全部漢字にする。私が前に中国でコンピュータのセミナーの講師をしたとき、通訳の人が「フェアチャイルド」の中国名を思い出せなくて立ち往生してしまった。私が「フェアチャイルド」と言ったので、多くの聴講者には分ったのだが、ちゃんと決まっている漢字に直さないと通訳の仕事をしたことにならないのだ。これは中国語で「仙童」というのだそうだ。ちなみに、「マイクロソフト」は「微軟」、「IBM (International Business Machine)」は「国際商用機器」になる。通訳も大変だ。

中国へ行くとカナの有難さがよく分かる。カナは日本語の最大の発明ではなかろうか?

 

 

「金へん」に「由」と書いて何と読む?

今までは、既製の漢字を使って、欧米の言葉を表わす話だった。しかし中国人は、「これは非常に重要な概念だ」と思うと、新たに漢字を作ってしまう。近年も元素を表す漢字を大量に作っている。

そこで、またクイズ。

「『』は何という元素?」

ヒントは、「気がまえ」の中は「軽」のつくりと同じ。

正解は、最も軽い気体、すなわち「水素」。(以下、元素の漢字の由来は筆者の推定)

「では、『』は?」

ヒントは、「炎」は「淡」のつくり。

正解は、無味無臭で淡泊な「窒素」。

「では、『気がまえ』の中に『養』は?」

正解は、われわれ動物を養ってくれる「酸素」。もっとも、最近の簡体字ではこの字は「」と書く。「養」も「羊」も中国語では音が同じ「ヤン」なので、字画の少ない字に変えてしまったのだ。しかし、そのため字の意味がまったく分らなくなってしまった。

ここで、ちょっと余談。同音の簡単な字で簡体字を作ったものはほかにも多い。例えば、「億」は「亿」、「憶」は「」と書く。これは「意」も「乙」も音が「イ」だからだ。「酒」も「九」も「ジウ」なので、「酒」を「さんずいへん」に「九」と書いていた時期があったそうだ。しかし、これはさすがに評判が悪く、止めたという。酒瓶にこんな字が書いてあったのでは、酒を飲んだ気がしなかったためだろう。

さて、元素のクイズに戻って、別の部首で、「『』は何でしょう?」

これは簡単でしょう。正解は「炭素」。

「では、『(この字の「へん」は「金へん」の簡体字)は?」

これも簡単。答えは「白金」。

その他は、欧米の元素名の音から取ったものが多い。

」が「フッ素」、「」(「気がまえ」の中は「亜」の簡体字)が「アルゴン」。「」が「ナトリウム」、「」が「コバルト」、「」が「ラジウム」、「」が「ウラニウム」。

こうして、原子番号103番の「ローレンシウム」の「」(「つくり」は「労」の簡体字)まで漢字が用意されている。もちろんその中には、「金」「銀」「錫」「銅」「鉄」など、昔からある漢字もあるが、大半はここ200年以内に作られたものであろう。

さて、ここで元素を離れて、超難問を一つ。

「『乒乓』って何でしょう?」

1ヒント、「最近の中国語はみんな横書きです」

2ヒント、「スポーツの名前」

3ヒント、「『兵』の中国語の音は『ピン』」

正解は「ピンポン」。二人で卓球をしているところでした。

元素名はまだしも、こんな変な漢字をポンポン作られたらたまったものではない。そのたびに印刷屋は活字を作り、コンピュータ屋はフォントを設計しなければならない。

旺盛な「造語力」は結構だが、旺盛すぎる「造字力」には困ったものだ。

 

  

日本人も負けてなかった

 

「哲学」も「心理学」も日本人が名付け親

中国へ行くと、耳で中国語は聞き取れなくても、新聞とか街の看板に何が書いてあるかは大体分かる。これは日本語と共通の言葉が非常に多いためである。とは言っても、簡体字には慣れる必要がある。例えば、「業」は「」、「廠」は「」、「開」は「」などと、元の字のごく一部だけで済ませてしまうものがある。また、「衛」が「」、「無」が「」になるのは、日本人の想像を絶する。

この簡体字にさえ慣れれば、日本人にも分る言葉が多い。例えば政治の世界では、「民主主義」、「共和国」、「政党」など、経済の世界では、「銀行」、「金融」、「景気」など、学問の世界では、「哲学」、「科学」、「数学」、「物理学」、「化学」など皆日本語と同じである。

また数学では、「代数」、「幾何」、「微分」、「積分」、「方程式」、「双曲線」なども同じだ。科学技術の世界では、「原子」、「電子」、「有機物」、「無機物」、「半導体」、「変圧器」、「顕微鏡」、「望遠鏡」なども同じである。

同じということは、一方が先に使い出し、他方が真似をしたということだ。日本の古墳時代から奈良時代にかけては、日本が中国の真似をした。しかし、欧米の言葉の訳語についてはどっちが真似をしたのだろうか?

「哲学」と「心理学」という言葉は幕末の蘭学者の西 周(にし あまね)が作ったという。また「倫理学」も日本人の命名だそうだ。従って、これらの学問に関連する用語には、日本人が名付けたものが多いはずである。「元素」という言葉も江戸時代の蘭学者が使い出したという。

これらの例と、19世紀以降の欧米の文化の摂取状況から見て、日本が元祖の言葉が非常に多いのではないかと思う。現在の中国の新聞・雑誌で使われている言葉について言えば、欧米の言葉の訳語が非常に多いため、日本人が作った言葉が相当な割合を占めていると思われる。

ただ、欧米の学術用語の訳語にも中国が元祖のものもある。例えば、「幾何」は中国音が「チーホー」で、これは「geometry」の「geo」の音から来たものである。数学の「function」に対し「函数」(「函」の中国音は「ハン」)の字を当てたのも中国人と言われる。

 

「月曜日」は日本製

中国語と日本語には共通の言葉が多いが、違う言葉もかなりある。そのため、気をつけないとひどい目にあう。

「自動車」のことを中国語では「汽車」と言う。日本語の「汽車」は中国では「火車」だ。「自転車」は「自行車」と言う。

「階段」は「階梯」で、「1階、2階」は「一楼、二楼」と言う。「週間」は「星期」で、「月曜日、火曜日、・・・」は「星期一、星期二、・・・」だ。

日本語の「鉄鋼」は「鋼鉄」、「言語」は「語言」と、どういう訳か逆さまになる。

「会社」は「公司」、「社長」は「総経理」、「提携」は「合作」だ。情報技術の世界では、「通信」が「通訊」、「情報」が「信息」である。

物理学の世界では、「中性子」は「中子」、「中間子」は「介子」と、「原子」や「電子」にあわせて2字にするのに苦労した跡が見られる。漢字の本家として、何から何まで日本語に合わせるのはプライドが許さなかったのかも知れない。

「検討」という言葉は中国語にはなく、「研究」などと言う必要がある。中国人との交渉で「前向きに検討します」と言うのは禁句である。「前向き」のところだけ捕らえ、誤解される怖れがある。

いずれにしても、漢字を使った言葉で、日本語が中国語と違うものは、日本人が独自に作ったものである。

 

中国の「ナマズ」、日本で「アユ」に化ける

日本は中国から漢字と言葉を大量に取り入れた。2文字以上からなる言葉を取り入れるときも、通常は文字とその音を同時に取り入れたが、中には文字のみ取り入れ、音は従来の「やまとことば」をそのまま使ったものもある。「クラゲ(水母)」、「アザラシ(海豹)」、「フグ(河豚)」、「ヒマワリ(向日葵)」、「イチョウ(銀杏)」などがこの類だ。

これらとは違って、「やまとことば」に日本人が勝手に漢字を当てたものもある。「エビ(海老)」などがこの類だ。「エビ」は中国語では「蝦」である。「ビール」を「麦酒」としたのも日本人だ。「ビール」の中国語は「酒」だ。

昔の中国では、現在と違う言葉が使われていた可能性があるため、中国語の表記を借りたのか、日本人が当て字を作ったのかは簡単には分らない。しかし、一般に当て字と言われているものの中には、上記のように、実際は中国語の表記をそのまま使っているものが多い。

魚の漢字を取り入れたとき、中国にも日本にもいる著名な魚については、もちろん中国で使われていた正しい漢字を取り入れた。例えば、「鯉」、「鮒」、「鯛」、「鮃(ヒラメ)」、「鰈(カレイ)」、「鰻」、「鯨」などである。

しかし、別の魚の字を使ってしまったものもある。「アユ」に使われている「鮎」は中国では「ナマズ」で、「アユ」は中国語で「香魚」と言う。ところが、どういうわけか日本人は「アユ」に「鮎」を当てた。「アユ」を珍重した日本人は、どうしても1字にしたかったのかも知れない。それにしては余りにも姿かたちが違う魚の字を使ったものだ。そのため、今度は「ナマズ」を指す字に困り、「鯰」という字を創作した。

「鰊(ニシン)」、「鰤(ブリ)」、「鰆(サワラ)」なども、中国では別の魚を指していたという。「ブリ」、「サワラ」は、漢字がなかったため、別の似たような魚の字を借りてきたのだろう。「ニシン」は中国語で「鯡」なのに、日本ではどういうわけか「鰊」も「鯡」も使う。

借りてくる字の種も尽きると、しかたなしに日本独自の文字を作った。いわゆる国字である。「鰯(イワシ)」、「鱈(タラ)」、「鯱(シャチ)」などがこれに当たる。前に出た「鯰(ナマズ)」もそうだ。このうち「鱈」は現在の中国語にも取り入れられている。中国が逆輸入したわけだ。日本は昔から魚の先進国だったのだ。

日本では中国と違うものを指す言葉は、魚の名前に限らない。「ジラフ」を「麒麟(キリン)」と呼ぶことにしたのは日本人だ。中国では「麒麟」は架空の動物で、「ジラフ」は「長頸鹿」と言う。

 

 

朝鮮の言葉の親元は?

 

中国語によって駆逐された古来の朝鮮語

はじめにひと言。現在日本では、韓国や北朝鮮で使われている言語について、「朝鮮語」、「韓国語」の2通りの呼び方をしている。しかし、過去千年以上に渡って朝鮮半島で朝鮮民族(朝鮮人)が使ってきた言葉を問題にするとき、「韓国語」は適切ではないので、本稿では「朝鮮語」を使わせて頂く。

朝鮮人の名前はすべて漢字の音読みである。「李承晩」、「金大中」、「金日成」など皆そうだ。現在はハングル(日本語のカナのような表音文字)で書かれるが、元は皆漢字である。秀吉の軍隊と戦った「李舜臣」もそうだ。さらにさかのぼって、百済や新羅の時代の王族の人名もそうである。もちろん、中国語が入ってくる前は違ったわけだが、中国語の伝来によってすっかり変わってしまった。日本では今でも、「高橋」、「鈴木」、「田中」、「小林」など、「やまとことば」でできている名前が多いのとは大違いだ。

現在ハングルで書かれる地名も、元は皆漢字である。「釜山」、「慶州」、「浦項」、「平壌」など皆そうだ。「松島」は「ソンド」、「水原」は「スウォン」、「平沢」は「ピョンテク」など、日本だったら「やまとことば」が使われそうなところも、すべて漢字の音読みである。私が知っている唯一の例外は「ソウル」である。どうしてここだけ古来の朝鮮語が使われているのだろうか? これに引き替え、日本ではほとんどの古くからある地名に「やまとことば」が使われている。

人名や地名だけではない。普通名詞でも、日本語に比べて漢字の音が非常に多い。例えば、「山」は「サン」、「川」は「カン」(「江」の音から)、「城」は「ソン」、「東」は「トン」、「西」は「ソ」、「南」は「ナム」、「北」は「プク」などである。日本語では、熟語でなく単独で使われる時は、これらの言葉には「やまとことば」が使われるが、朝鮮語では漢字の音が使われる。「湖」を「ホス」(「湖水」から)、「毛皮」を「モーピー」、「傘」を「ウサン」(「雨傘」から)と言うのも同類だ。

これらの言葉の対する古来の朝鮮語は、中国語によって駆逐されてしまったのだ。それは、15世紀にハングルが発明されるまで、朝鮮には日本語のカナのような表音文字がなく、古来の朝鮮語を書き記すことができなかったためだろう。そして、日本語の「訓」のようなものが一般的には使われなかったのも、もう一つの理由であろう。

それにひきかえ日本語では、中国語が入っても古来の日本語を残し、それに漢字を対応させた。いわゆる漢字の訓読みである。訓読みによって、カナだけの文章に比べて文字数も減り、パッと見ただけで文意をつかめるようになった。訓読みは日本人の大発明の一つだ。しかし、このため、同じ意味の「漢語」と「やまとことば」を両方覚える必要が生じた。例えば、「山」、「川」、「日」、「月」、「手」、「足」、「父」、「母」、「黒」、「白」、「歩」、「走」、「増」、「減」などについて、すべて中国系と日本系の2通りの言葉、つまり漢字の「音」と「訓」を覚えなければならない。こんな大変な言語は世界中にほかにないだろう。

朝鮮語には、今でも日本語の訓読みのような漢字の読み方はない。従って、古来の朝鮮語はすべてハングルで書かざるを得ない。

 

朝鮮語の漢語は日本製だらけ

現在の朝鮮語はほとんどハングルで書かれるが、元は漢字のものが多い。そして、日本語と中国語の漢字表記が違う言葉について見ると、朝鮮語は日本語と同じものが多い。例えば、前に日本語と中国語が違う例として挙げた、「会社」、「検討」、「自動車」、「汽車」、「階段」、「鉄鋼」、「週間」、「月曜日、火曜日、・・・」、「水素」、「酸素」など、すべて朝鮮語は日本語と同じである。「自動車」は「チャドンチャ」、「月曜日」は「ウォリョイル」など、耳で聞いたり、ハングルで読んだりすると日本語とは相当違うが、元の漢字は同じである。と言うことは、これらの言葉はすべて日本から伝わったのだと思われる。

それにしても漢字を使わずハングルだけというのは、カナだけで日本語を書くようなもので、よく困らないものだと思う。「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」と書いてあったって、何のことか分からない。「貴社の記者が汽車で帰社した」と書いてあってはじめて意味が分かる。しかし、現在の朝鮮語ではこれが普通なのだ。もっとも、やはりこれで不便だと、一時使われなくなっていた漢字が最近は多少復活しているようだ。

日本から伝わった言葉は、日本で音読みされる漢語だけではない。例えば、朝鮮語で「待合室」を「テハップシル」と言うが、これは日本語の「待合室」をそのまま音読みしたものだ。「待合い」というのは「やまとことば」に漢字を当てたもので、中国語にはこういう言葉はないので、日本から伝わったものである。

こういう例は、ほかにも多い。「取り扱い」を「チクップ」と言うのも同類で、これも中国語にはない言葉である。現在の朝鮮語がいかに日本語の影響を強く受けているかが分る。

 

「ワイシャツ」と「ジーパン」

日本語の影響が強いのは、実はこれらの漢字を使った言葉だけではない。現在の日本語に欧米の言葉の「カタカナ語」が多いのと同じように、現在の朝鮮語には「ハングル語」が多い。そして、ここでも日本語の影響を強く受けている。

日本語は「handkerchief」を「ハンカチ」、「television」を「テレビ」、「puncture」を「パンク」などと縮めるのが得意だが、朝鮮語でも同じように縮めている。

また、日本語には「shirt」を「ワイシャツ」、「jeans」を「ジーパン」など、日本流に変えてしまったものがあるが、これらも朝鮮語でそのまま使われている。それどころか、「シャープペンシル」、「ガソリンスタンド」、「コンセント」など、アメリカやイギリスにはない英語(?)もちゃんと使われている。

朝鮮語を調べると、1910年から1945年までの日本の植民地時代はもちろんとして、明治時代から現在に至るまで、いかに強く日本語の影響を受けてきたかがよく分る。日本も朝鮮も中国から漢字・漢語を取り入れたが、中国語伝来の時代には、日本より朝鮮の方がはるかに強く中国語の影響を受けた。しかし、近年の朝鮮語は、中国語の影響より日本語の影響をはるかに強く受けている。

 (完)

  


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