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オーム社「Computer & Network LAN200310月号 掲載       PDFファイル  [(株)オーム社のご提供による]

 産業革命との対比で見えてきた   ITカオスの行方

 

 

本誌8月号の別冊付録、「どうなる? ITカオス」はいかがでしたでしょうか。先の見えない不景気のなか、ITビジネスはどう変化していくのか、その将来像に触れた本別冊によって、読者のみなさんももう一度ITビジネスの過去を振り返り、現在を分析したうえでさらに未来を予測するきっかけとなったのではないでしょうか。

ここでは、本別冊の筆者である酒井ITビジネス研究所の酒井寿紀氏に再び登場していただき、さらに別の視点からITカオスの行く末について探っていただきました。

    (編集部)

 

過ぎ去ったITブーム

かつてのITバブルの花形も、今は見るかげもない。

サーバーの代表的メーカーであるサン・マイクロシステムズの株価は、200091日に最高値の64.32ドルをつけたあと、2002104日には最安値の2.42ドルまで下がり、約27分の1になった。また、ネットワーク製品の代表的メーカーであるシスコ・システムズの株価は、2000327日の最高値80.06ドルに対し、2002108日には約9分の18.60ドルまで下がった。さらに、Webの検索サイトの代表格であるYahoo!の株価は200013日の最高値237.5ドルに対し、2001921日には8.68ドルまで下がり、約27分の1になっている(株価はすべて株式分割後の値に修正)。

これらの企業の株価は、その後多少回復したとはいっても、依然として低迷が続いている。

InformationWeek誌の2003421日号によると、ITの職業としての将来性に対して、IT関係者の70%5年前に比べて疑問を抱いているという。そして、カーネギー・メロン大学のコンピュータ・サイエンスの20032004年度の応募者は前年度より36%減り、スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンスの学部の学生はこの2年間に30%減ったという。

IT革命はこのまま終わり、ITブームは去り、今後ITは、投資の面でも職業選択の面でも魅力がない業種になるのだろうか? それともIT革命はまだ続くのだろうか? 続くとすれば、どういう方向に進むのだろうか? 

ここでは、米国クレアモント大学院大学・教授のピーター・ドラッカー氏の意見に耳を傾けてみよう。

 

産業革命と情報革命

ドラッカー氏は1909年生まれというので、今年94歳になる。大恐慌が起きた1929年にはもう職に就いていたという。そして、1939年以来経営関係の本を多数著している。こういう人は、現在のITの状況をどう見ているのだろうか? 

ドラッカー氏は「Managing in the Next Society (St. Martin’s Press、邦訳:「ネクスト・ソサエティ」ダイヤモンド社)の中で、次のように語っている(以下は筆者が原著の一部を訳したもの)。

「情報革命の現時点の状況は、1820年代初めの産業革命の状況と同じである。その時代というのは、ジェイムズ・ワットが蒸気機関を改良し、それが1785年に初めて木綿の紡績に適用されてから約40年後にあたる。蒸気機関の産業革命での位置づけは、コンピュータの情報革命での位置づけと同じだった。両者とも、革命の引き金であり、そして何よりもその旗印だった」

「蒸気機関が使われるようになってから40〜50年の間に工場ができ、『労働者階級』が出現した。・・・また、産業革命は家族というものに大変な衝撃を与えた。核家族が長年に渡って生産の基本的な単位で、畑でも職人の仕事場でも、夫と妻と子供たちがいっしょに働いていた。ところが、工場が働き手と仕事を家庭から職場へと移してしまった。これは、歴史上初めてといってもいいことだった。・・・しかし、これらの影響があったにもかかわらず、産業革命の最初の半世紀には、従来からある品物の生産が機械化されただけだった」

「そして、1829年に鉄道が現れた。そのシステムは、それまでにないまったく新しいもので、経済、社会、政治を根本から変えてしまった」

ドラッカー氏は、さらに300年前の印刷技術革命を取り上げている。

「グーテンベルクは、長年にわたって印刷機と活字の改良に取り組み、その技術を1455年に完成させた。その後50年間、印刷技術の革命はヨーロッパを席巻し、経済面と心理面で大変化をもたらした。しかし、この50年間に出版された約7,000種類の本のうち、少なくとも6,700種類は以前からあったものだった。言い換えれば、最初の50年間は、印刷技術は従来からある情報を安く入手できるようにしただけだった。ところが、グーテンベルクから約60年後に、ルターによるドイツ語の聖書が現れ、信じられないような安い値段で、あっという間に何千部も売れた。このルターの聖書によって、印刷技術は新しい社会を切り開くことになった。つまり、新教が広がり、ヨーロッパの半分を征服したのである」

「ちょうど同じ頃、マキアヴェリが『君主論』(1513年)を著した。これは、聖書からの引用も古典からの引用もまったくないという点で、1,000年以上にわたる西洋の歴史上で初めての本であった。やがて、『君主論』は16世紀の『もうひとつのベストセラー』となり、きわめて悪名が高い、しかしまた影響力の大きな本になってしまった。この本に続いて、宗教と関係のない本が続々と出版されるようになった。小説や科学、歴史、政治、そして後には経済の本など、現在われわれが文学とか文献とか呼んでいるものの出版が始まったのである」

つまり、引き金が引かれてから50年たって初めて、本格的な経済・社会の大変革が起きたという点で、印刷技術の革命と産業革命は同じだったというのである。

では現在の情報革命はどうなのだろうか?

2世紀前の産業革命と同様に、情報革命は1940年代の半ばにコンピュータが出現して以来、今までのところ従来から行われていた仕事の処理の仕方を変えただけである。・・・たとえば、企業や政府の意思決定の方法は、実質上まったく変わってない」

eコマースの情報革命での位置づけは、鉄道の産業革命での位置づけと同じである。ともに、まったく新しい、まったく前例がない、まったく予期しなかったものが現れたのである。そして170年前の鉄道と同じように、eコマースは急激に経済、社会、政治の大変革を巻き起こしつつある」

「人類は鉄道によって、距離が離れていることの不便さを克服した。しかし、eコマースはその不便さをまったく取り除いてしまった。もはや、一つの経済、一つの市場しか存在しない。その結果、一地方の市場だけを対象に生産・販売する企業も含めて、すべての企業に、世界中で通用する競争力が要求されるようになる」

 

まだ起きていない本質的な情報革命

たしかに、コンピュータやインターネットの進歩によって、瞬時に大量の情報を処理し、伝えることができるようなった。しかし、ドラッカー氏が述べているように、現在までのところ、それによってわれわれの日々の生活や経済活動がどれだけ本質的に変わったかは疑問である。

インターネットで新聞のほとんどの記事が、家庭に届くより早く、無料で読めるようになったのに、従来からの新聞はほとんどそのままである。雑誌の記事もインターネットで読めるものがどんどん増えつつあるが、今までのところ印刷物の雑誌に対する影響はごく限られている。

ギリシア、ローマの古典、シェークスピアやバーナード・ショーの戯曲、ディッケンズやブロンテの小説など、かなりの本がWebで無料で読める時代になったのに、出版社や本屋の数はそれほど減ってはいない。そして、多くの商品がインターネットで買えるようになったのに、商店の数もほとんど変わってない。銀行の口座振込も株の売買もインターネットで行えるようになったのに、銀行や証券会社の店舗がまだ街のそこらじゅうにある。企業に対する商品の売り込み、企業による商品の買い付けにインターネットを使うのは、まだ一部で始まったばかりだ。

会社に出社しても、一日の大半はパソコンに向かって仕事をしているのに、往復2時間以上もかけて毎日通勤している人がざらにいる。また、先日インターネットを使った詐欺のメールを受信したので、警察にメールで通報しようとしたところ、日本の警察はメールでの被害届けは受け付けないことが分った。

ドラッカー氏にならって、これらの事例を産業革命時代に当てはめれば、これは鉄道ができたのに馬車や徒歩で旅行しているのと同じようなものである。したがって、こういう状態が今後長期間にわたって続くとは思えない。

たしかに現在のITの技術にはまだ完成度が低いものも多い。初期の鉄道が、本数も少なく、乗り心地も悪く、故障も多かったのと同じである。そして、従来の市場を失うことになる企業は、産業革命時の馬車屋と同じように、必死になって改革の進行を妨げようとするだろう。

また、いつの時代にも、新しいものに対する人間の心理的抵抗は根強い。しかし、時代とともに馬車や徒歩で旅行する人がいなくなったのと同じように、上に挙げたような事例も今後変わっていくだろう。

このようなことから、今後ITの適用範囲はまだまだ広がる。そして、ドラッカー氏が述べているように、今後経済や政治の仕組みにもっとも大きく影響を与えるのはeコマースであろう。

 

次世代のIT革命の主役は?

eコマースが中心になって社会の仕組みを変えていく時代に出現が求められるのは、グーテンベルクではなくルターやマキアヴェリである。ルターやマキアヴェリは、印刷の技術には特に興味を持っていなかっただろう。同じように、ITの技術には興味がなくても、時代のニーズを先取りして、その実現のためにITを使いこなす人が次の時代を切り開くことになるだろう。

中国のアリババ・ドット・コム(Alibaba.com)という企業間の商取引の仲介サイトは、中国語、英語、日本語の3ヶ国語で運営されている世界最大規模のインターネット上の市場で、200カ国以上から170万社が登録している。

1999年にアリババ・ドット・コムを設立した中国人のジャック・マー氏の話を聞いたことがある。同氏は「わたしは技術にはまったく興味がない。わたしが関心を持っているのは、市場ニーズだけだ」と言っていた。マー氏は、もとは英語の先生だったという。こういう人こそが、次の時代のIT革命の主役になるのではないだろうか。

(酒井ITビジネス研究所 酒井寿紀)


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